時代を読むことのできなかった親子の悲劇を描いた「アイアンクロー」をレビュー
プロレス界でも屈指の悲劇として名高い「フォン・エリック一家の悲劇」を題材にした本作。
えー文句なしの傑作でございます!!!
はっきりいいますが、プロレスファンは観た方がいいですよ。
本当に名作です。
久々に劇場で観て泣きそうになりました…。
プロレスを題材にした映画としても名作なのですが、本作はまあそれだけじゃあないんです…。
ちゃんと毒親の元で生まれた子供たちの悲哀。
そして子供を愛しているはずなのに冷たくしてしまう大人たちのしょうもなさをうまく描いている。
親子関係に苦労していた人には刺さる映画じゃないかな…。
本作のあらすじ・概要
本作のあらすじは、WWF全米侵略以前の1970年代~1980年代のアメリカテキサスで地元の英雄として君臨していたフォン・エリック家の長男(本当は次男だが)のケビンの目線から兄弟たちの悲劇を描いた映画となっている。
本作の主人公であるケビンはフォン・エリック一家の長男として弟たちとともに、NWA傘下の団体WCCWのメインイベンターとして活躍していた。
父であるフリッツ・フォン・エリックは日本でも活躍をしていたことがあるので知っている人も多いだろう。
そんな父を信じて弟たちとともにリングで活躍していたケビンであったが、親団体であるNWAの世界ヘビー級王座の話が舞い込んでくる。
父フリッツは大喜びで、兄弟のうちどれかをぶつけるという話になっていく。
当初は、長男であるケビンがNWA世界王座のチャンピオンであったハーリー・レイスとの試合を組まれるがこの試合中・試合後のパフォーマンスに不満を抱いた父フリッツから梯子を外されてしまうのであった。
梯子を外されたケビンは弟デビッドにそのプッシュを奪われてしまう。
それでも、温厚な性格のケビンはたいしてとがめずデビットに「がんばれよ」と応援をする。
襲わく父であるフリッツとしてはこういう性格だからこそケビンを支持できなかったのだろう。
しかしながらデビットはNWA関係の団体であった全日本プロレスに参加中、ホテルで突如命を落としてしまう。
ケビンは実は、デビットの様子がおかしかったことを知っていたが弟の成功を応援したいケビンは黙ってみていることにしたのだ。
悲しみに暮れる兄弟だったが、父フリッツはNWA世界ヘビー級王座の話で頭がいっぱいになってしまい、デビットの葬儀後に兄弟を呼んで話をする。
「お前たちのうち誰かを世界ヘビー王座に挑戦させる。俺たちが世界の頂点に立つんだ。」
兄弟が死んだというのにこれである…。
しかし、父親に魅せられてしまっている兄弟たちは我さきに世界ヘビー王座への参戦を表明。
やがて、兄弟のうち大卒でスポーツエリートであったケリーが挑戦する事になる。
ケリーは見事にフレアーから世界ヘビー王座を奪うことに成功するが、数日後飲酒運転の事故を起こしてしまい片足を失うケガを負ってしまう。
これと同時にケリーは世界王座を陥落することに…。
そして、フォン・エリックファミリーの兄弟たちはここから地獄の苦しみを味わうことになるのだった。
アイアンクローの素晴らしいところ
本作は親子の愛憎劇と70‐80年代の黎明期のプロレスの陰に隠れた時代の流れについて描かれている。
この二つが上手く味わい、本作を唯一無二の映画にしあげているのだ。
では、それらについて解説していきたいと思う。
①頼りにならない親たち
本作を批評する人間の多くが本作を「毒となる男らしさ」と絡めて批評してる人間が多い。
しかし、本作はそれだけではない。
父親だけではなく母親に問題があったことを描いているのだ。
父親であるフリッツは息子の死に涙をあまり流さず自身の団体からNWA世界ヘビー王座を出す事にのみ執着をしている。
恐らく息子への愛はあるが、それ以上に自分の適うことのできなかった夢を息子たちに託しているのだ。
これが余計にダメになっていく。
本作に登場するフォン・エリック兄弟を支えるのは父のフリッツだけではなく母のドリスも登場する。
しかし、この母親が絶望的に役に立たない。
兄弟同士で誰が世界ヘビー王座に挑むのか、ケビンたちの間で口論になってしまったりする場面が途中挟まれる。
ケビンは少し心配になり母親に「弟たちとの間に立ってほしいんだ」と相談する。
それに対して母は冷たい一言を投げかける。
「いや、それはアンタら兄弟のことでしょ?もういい大人なんだから勝手にしなさいよ。」
無責任にもほどがあるダメ母親である。
そもそも父親の過剰なまでのプロレスへの入れ込みに対して何も注意できなかったのだろうか。
そこまで妻に威圧的にふるまっているわけでもないから、本気で注意なりすればこの悲劇は起こらなかったのではないだろうか。
結局のところパートナーが暴走して迷惑をかけたさいに、泥をかぶってでも止めなくてはいけないのが夫婦なのだ。
それができてない時点でこの夫婦は正直言って人の親になるべき人間ではないのではないのかと思ってしまうのだ。
②在りし日のアメリカンプロレスの情景
皆さんもご存知であると思うが、今日日アメリカンプロレスというのはそのほとんどが、WWEという巨大なトップ企業が支配をしている状況となっている。
しかしこの映画では、NWAという複数の団体が絡んでいた協会が全米のマットをコントロールしていた時代を中心に描いている。
全米各州のテリトリー制で振り分けられていた在りし日のアメリカンプロレス。
実は本作及びフォンエリック家の悲惨さを際立たせているのは、テリトリー制度が崩壊したことにあるのだ。
フォン・エリック家が必死にとろうとしたNWA世界ヘビー王座はその後、WCWにいきわたり、最終的にNWAそのものが衰退をしてしまう…。
彼らが命を懸けていどんだNWA世界ヘビー級王座のベルトの意味はほぼなくなっていたのだ…。
また本作ではハーリー・レイスやブルーザー・ブロディといった伝説のプロレスラーが多くそっくりさんで登場している。
特にハーリー・レイスの再現度は地面からのけぞりそうになるレベルだ。
そして、忘れてはいけないNWA世界ヘビー王座ベルトの象徴であるリック・フレアー。
これの再現度も中々がんばっていた。
本作でフレアーはさらっとしかでてこないが、もう迫力は満点である。
これについてはまた後程語ろう。
③時代の流れを読めない事の哀れさ
先ほども言ったように、NWAはWWF/WWEに駆逐され衰退をしてしまった。
しかし、これはNWAだけではなく、フォン・エリック家の父であるフリッツにも言えたことだった。
フォン・エリック家の末弟としてマイクという男が出てくる。
マイクはプロレスへの愛情はあまりなく、兄たちが世界王座に対して浮かれているのをみてもマイペースにロックに愉しみを見出している。
友人とやっているバンドは、テキサス大学でライブを行えるほどの人気があることから、音楽の才能は間違いなくあったのだろう。
マイクはケビンの妻からもかわいがられており、兄弟全体からもマスコットキャラとして人気があった。
だが、愚かなことに、父フリッツはこの少年をレスラーにしようとする。
その結果、マイクは試合の最中に負った事故が原因で精神が不安定となり自殺をするのだった…。
これがもしもビンス・マクマホンであったらどうだろうか。
このマイクとそのバンドを前面に出し、ロックとプロレスの融合を果たすことに成功するだろう。
実際に、WWFが世界的団体になったのはMTVやシンディ・ローバーといったロック音楽の影響も大きくある。
音楽をいかそう・バンドをうまく活用しよう!と考えられない愚かさ…。
この愚直さと古い時代の価値観に縛られて行く固定観念の強さが、このフォン・エリック家に悲劇を呼んでしまったのではないかと本作を観ていて思ってしまうのだった。
仮にフリッツがマイクの音楽センスを認め、彼をプロレスラーにせずに音楽の道に向かわせていれば…きっと別の道があったはずだ。
④リック・フレアーという英雄の存在感
本作では、あのリック・フレアーが登場する。
フレアーといえばホーガンと並ぶ、現代プロレスの英雄的人物だ。
そんなフレアーに、主人公たちはNWAの世界ヘビー王座を巡り争うこととなる。
しかし、そんなフレアーはいざ試合をするとなると、あっさりと世界ヘビー王座を渡してくれたり、ケビンに試合中ボコボコにされ血まみれになってもケロッとしているのだ。
それどころか、主人公のケビンに対して「意外とできる方だな!一緒に酒でも飲みにいかないか?待ってるよ」とにこやかに話しかけてくるのだ。
恐らく主人公ケビンはこのフレアーと対峙した時、そのカリスマ性に打ちのめされ世界王座への憧れが消えてしまったのではないかと思ってしまう。
人は天才と出会った瞬間、今までの全ての憧れが消えてしまう。
ケビンはこの時自分が意識していた「呪い」から逃れることに成功をするのだった。
まとめ
本作は文句なしの傑作である。
例えば映画クラスタの誰かが「本作はマーティン・スコセッシが映画化すれば名作になっていただろう」とか言っていたが、スコセッシにここまでのプロレス愛があるかどうかわからない。
それほどまでに本作の製作者はかなりプロレスへの偏愛が多くつまっている。
実際に試合の指導をしたのはプロレスラーのチャボ・ゲレロ・ジュニアであったりする。
実はゲレロ家もゲレロ家でかなり、苦しい歴史があるのだが…。
いつかはそれも映画化をしてほしいところである。
そういえば、本作ではフォンエリック兄弟の本当の末弟であるクリスは登場しなかったのだが…これはどういうことなのだろうか。
またプロレスの実際の試合を意識したカメラワークが本当に美しく、試合展開の打ち合わせといった裏話なども豊富で、プロレスが好きな人は問答無用で楽しめる作品となっているだろう。
点数は
85/100点
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?