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【バックヤード】

先日、谷村新司氏が他界した。ご冥福をお祈りしたい。

知らぬ間に、彼等の世代が亡くなるような時代になっていたとは言え、少々早過ぎる死ではあった。

谷村新司氏は、言わずと知れた〈アリス〉のメンバーの1人である。

「谷村新司・堀内孝雄・矢沢 透」の3名で結成された〈アリス〉は、数々のヒット曲を世に送り出し、空前絶後の大ブームを巻き起こしたフォークグループである。

実は、〈アリス〉と聞いて思い出すことがあるのだ。それは、僕があるホテルに勤務していた時に体験した、ベーヤンこと「堀内孝雄氏」に関する、ささやかなエピソードというか想い出なのである。

・・・・・・・

その日、ホテルでは〈堀内孝雄ディナーショー〉が催されていた。当時はメンバーが単独で活動していた頃だったのだ。

ステージでは、彼の熱唱が続いている。観客は、ヒット曲の1曲1曲が終るごとに、割れんばかりの拍手と指笛を贈った。

「愛しき日々」

「遠くで汽笛を聞きながら」

「都会の天使たち」

「冬の稲妻」

と続き・・・最後の「恋唄綴り」で1ステージ目が終了した。

舞台を降りた彼は、2ステージ目を迎えるまでに、控室で暫くのあいだ休憩を取らなければならない。ところが、控室に行くにはバックヤードを通らなければならなかった。

やがてステージの裏扉から出てきた彼は、バックヤードで待機していた我々ホテルスタッフの前を、実ににこやかな笑顔で横切り、控室の方へと歩いて行ったのである。

〈ディナーショー〉では、色々な芸能人がバックヤードを歩く姿を拝見しているが、彼の姿は実に爽やかなものであった。

このホテルの構造上、控室に行くには会場裏のバックヤードを通り、更には調理場・食器洗い場の前を通らなければならなかった。

彼は調理場のコックにも会釈を返し、洗い場のおばちゃん達にも頭を下げ手を振って通り過ぎて行ったのである。

〈ディナーショー〉の最中さなかにも拘わらず、あれだけの成功者であるにも拘わらず、腰の低い優しい彼の姿に、ホテル従業員の全員が改めて大ファンになったに違いない。

ホテル勤務中に、舞台裏の姿でも感銘を受けたアーティストのひとりが、「堀内孝雄氏」なのである。

ホテルのバックヤードという所は、〈ディナーショー〉が開かれる度に、芸能人の裏の顔・素の顔を垣間見ることが出来る空間なのである。

現実を申せば、「堀内孝雄氏」のように、舞台裏でも感銘を与えるような芸能人ばかりではなかったということなのだ。

舞台に命を懸ける生き様は、それはそれで素晴らしいに違いないが、舞台が素晴らしいだけに、バックヤードでの姿・態度に幻滅した芸能人も、少なからず存在するのである・・・


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