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読書記録(2024年4月分)

読書記録を公開して一年経ちました。読みたい本が無くなりつつあるとはいえ、読んでいると自然と気になる本が新たに出てきますから、やはり書物は海のようだなと思います。

文芸書

①アイザック・B・シンガー『モスカット一族』

詳しい感想はnoteで記事化していますが、久しぶりに数十人の登場人物が数十年を生きる大河小説を読んだなということで特別な印象を持ちました。ポーランド・ワルシャワのユダヤ人社会を克明に描写した作品で、20世紀半ばの小説としては何よりも読みやすいです。

世代間のすれ違い、崩れ行く共同体の絆など、トーマス・マンの『ブッデンブローク』といった先行の小説と重なるところが多く、独創的とは言えないですが、ユダヤ社会の強烈な匂いを感じることができますし、ヨーロッパにかつて存在した文化を浴びる、とてもエキゾチックな体験になるでしょう。

②ル・クレジオ『ブルターニュの歌』

こちらも先日詳しく紹介していますが近年、作品鑑賞にエキゾチックな体験を露骨に求めるのはよろしくないと言われますが、海外の映画や文学作品に触れる動機の根本には異文化の香りを求める衝動があることは否定できません。

『大洪水』や『物質的恍惚』といった実験性の高いものから、大洋を巡るスケールの小説まで書いてきた作家がついに幼少期を語る、という時点で少しうるっときた点はあります。放蕩息子の帰還という感じでしょうか。とはいえ文明批評家の視点は健在で、深く唸らせる作品です。

③ヒューム『道徳・政治・文学論集』

装丁に反して思想書や学術書とまでは言えない、リラックスした哲学的エッセイといったもの。18世紀の偉大な哲学者の、学究のフォーマットを離れてのびのびと書いている感が伝わって気楽に読めます。本人もエッセイに自信があったようで驚きでしたが、18世紀的な古典の引用(ギリシャ・ローマの作品からの)が、私個人的には非常に興味深いものがありました。

美術書・学術書

①『堀口捨巳建築論集』

近代日本建築史の中で固有の位置を占める堀口捨巳の建築論。茶室の分析を中心にしたもので、ここまで細部に通暁しているとは思いませんでした。リサーチと称してアーティストや建築家は色々調べあげて作品を提案するのですが、そのリサーチなるものも堀口に比べれば甘いなと感じてしまいます。

戦前の論考もあり、用語がまだ定まっていないからこその自由な表現もあり面白かったです。氏独自の解釈も強く、「わびさび」を「反多彩色主義」と呼ぶなど、ハッとするところが多いものでした。

②O・リーマン『イスラム哲学とは何か』

四月なので何か新しい知の領域をと手を出したもののひとつ。碩学の文章は少々情報過多に思えましたが、読み応え十分のものです。

端的に言えば、神の裁量を巡る議論です。神が最も重要な存在であることは疑いようもないが、それは大企業の社長のように基本的なところだけに影響を及ぼすのか、それとも細部の隅々までに責任を持つのか、といったところで違いが出てきます。哲学者たちは、神には神の、人には人の領域があり論理があると分離する立場の上に、哲学の精華をうみましたが、当然神の過小評価であるという批判も来て…。

白熱の一冊です。

③池上俊一編『原典 イタリア・ルネサンス人文主義』

日本の西洋文化研究の豊かさを示す大著。ペトラルカ以降の人文主義者たちの代表作が並びます。基本的にルネサンス=絵画や彫刻ですが、それを稼働させた原点は思想であり文学なので、結局ルネサンス文化と向き合う場合はこの手の本を精読する必要があるでしょう。

その上で、やはり彼らの特徴はアマチュアイズムだなと思いました。「これで説明して、主張を示したのか」と首を傾げたくなるものがちらほら。対話篇を気取ったものも、どちらが著者の立場なのか分かりにくいものもあり、洗練はされていないなと。ヴァッラやジョルダーノ・ブルーノといった有名人を除いて彼らが顧みられない理由も分かってしまいます。

④A・ハーマン『近代を創ったスコットランド人』

アダム・スミスやヒュームといったスコットランドの知識人が、どのような背景をもってこの地から輩出されたのかを隅々まで書いていて、歴史物語としても読めます。何でもスコットランドのおかげみたいな愛国主義的な表現がたまに癪に障りますが、著者はスコットランド人ではないとのこと。

もとはと言えば、ジョン・ロックなどイングランドの思想家の影響を多分に受けているのだから、スコットランド啓蒙主義ではなくブリテン啓蒙主義ではないか、という意見に対しての反論というかたちで書かれたとあとがきにあったので、事情は理解できました。

五月はちゃんと美術書を読もうかなと思います。

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