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「回答選」好きな印象派の画家は?カイユボットについて

2022年8月26日の回答。オリジナルの質問文は「印象派はお好きですか?好みの絵があれば教えて欲しいです」以下回答。

はい、好きです。印象派好きはミーハーとかいう意見に首を傾げる人間です。好きな絵は日々変わるのでコレだと挙げられませんが、好みの画家はギュスターヴ・カイユボットです。

カイユボットは光と色の探究というよりは、反サロン絵画ということで印象派に加わった画家ですから、印象派のイメージとは異なり写実主義の感覚が生きてます。初期作品に顕著に見られるぬめっとした色の塗りが面白く、ひとり浮いていますね。やがてモネ風の色彩表現になっていきますが、それでも写実主義の残り香が感じられて、他の印象派の絵と比べてかなり異質に思います。

カイユボット《床削り》1875年
オルセー美術館蔵

彼の作品はその技法においても独創的です。写真のように見えますが切り捨てられたパースペクティブの強力な効果によって、奥行きと前景が押しつぶされ、地平線がなくなるため、どこか不安定に見えます。この視覚的な違和感にいつも釣られてしまいます。描かれた人物たちもストーリーが剥ぎ取られ、皆孤独の中に鎮座していますし、パッと見たところ保守的に見える絵の中に、特に構図に対しての異様な実験精神があり、知的関心を掻き立てられます。

カイユボット《パリの通り、雨》1877年
シカゴ美術館蔵

カイユボットは大富豪故に絵を売る必要がなかったので、自由に実験ができたのでしょう。おそらくはそれが彼の独創性の源なのでしょうが、道楽を超えた鋭い観察と知識を感じる画題があります。ヨットと植物です。これらは印象派のみならず様々な画家が画題として選んできましたが、あくまで画題であり、いかに情緒的に、個性的に描くかというのが一般的な態度です。

カイユボット《ボート漕ぎ》1877年
個人蔵 船の描写が精巧

しかしカイユボットはヨットの趣味があり、自分達でヨットまで作ってしまったオタクなので、ヨットの物質性と造形が非常にうまく取れています。他の画家のヨットの絵と比べれば一目瞭然で、対象を熟知した手が描いたものです。

カイユボット《アルジャントゥイユのヨット》1888年 オルセー美術館蔵

また庭いじりにもハマり、別荘の広大な庭園に温室をつくり世界中の植物を育て、愛でていたことから、カイユボットの描く花々はどこか本草学の挿絵的な正確さを感じます。花のオーラを尊ぶ画家というより植物学者の眼差しです。緻密で正確な写実的感覚印象派的な曖昧な色彩感覚が融合した、その異質性が彼の芸術の個性でしょう。

カイユボット《ひまわり、プチ・ジュヌヴィリエの庭園》1885年頃 マルモッタン美術館蔵
カイユボット《セーヌ川岸のひまわり》1884年

彼は他の印象派たちの作品をコレクションしたり、印象派展の出展金を出したり、画家連中を結束されるためにお茶会を定期的に催したり、印象派の実質的なオーガナイザーでもありました。おそらく彼の芸術は求道者や野心というよりもノブレス・オブリージュ的なところから始まっているのでしょうが、画家の精神や人柄にまで興味を持つのは、印象派の中ではカイユボットだけです。無論他の印象派の画家も魅力を語り尽くせますが。

カイユボット《ピアノを弾く男》1876年
アーティゾン美術館蔵

本国フランスでも1994年に初めて個展が催されたくらい、印象派の中でも注目が遅かったので(アメリカの批評家や美術愛好家たちの方がフランスより早くカイユボットに注目していた)、日本でもあまり有名ではないと思います。アーティゾン美術館に一点ピアノを弾く若い男の絵がありますが、彼の作品は相当数がカイユボット家蔵か個人蔵です。大規模な個展が開きにくいという点でも個性的だと思います。2013年のブリヂストンでの回顧展(私は観てないので痛恨)から10年経ちますし、そろそろまた企画していただきたいものです。

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