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月刊コグマ#6 ピロートーク

ピロートーク

どうも気恥ずかしくてもどかしい。
先ほどまでのことを思い出すと、顔が見れないほどに恥ずかしくってしょうがない。

目が覚めてしまった。
先ほどまでは甘酸っぱい感情とともに話していた気がするのだが、いつの間にか眠っていたみたいだ。
外はまだ暗いが、空は朝が近づいている色をしている。

今でもあの光景が脳裏に焼き付いていた。
不思議な高揚感に煽られ、深い場所ところまで潜って、同じようにハジけた。
そんな瞬間が。

ふと横を見ると、可愛らしい寝顔が見えた。
気付くと自分は頭を撫でていた。

この雰囲気が心地良い。
隣の暖かさがとても愛おしい。

たぶん、自分の感じているこの気持ちは好きとは違う気がする。
もちろん大好きなんだけど、それとは違う。

『ずっと一緒にいたいと思う。
隣で、共に歩いていきたい。』

そんな深い感情が寄り添っている。

僕たちは血が繋がっているわけじゃない。
今までどう生きてきたのかも、食べたいものも、全く違う。

けれど、今はこの寄り添った感情がある。
今までじゃ何処か足りなかった/踏み出せなかったあの気持ちも、今ならたぶん大丈夫。

この感情があれば、共に歩いていくことも出来るんじゃないかと強く思った。
一緒に生きたいと思った。

そんな考え事をしていると、どうやら自分が起きていたことに気付いたらしく、隣から話しかけてきた。

窓からは朝日が少し入って、ふたりの部屋を照らした。
窓の向こうには、明るい部屋が見えた気がした。



<はじめに>

もう6月も終わりに差し掛かって、これを書いているときにはもう既に、夏至は過ぎ去ってしまいました。

あまりお得な情報、というわけでは無いのですが、近況の話を。

実は最近、バイトを始めました。

高校の頃はバイト原則禁止の学校だったので、部活やら勉強やらに毎日を費やしていました。

けれど、今は大学生。
バイトを経験してみるのもいいんじゃないかと、そう思ったわけです。(バイトをすれば、ここで話せる内容も増える気がするし)

そして、バイトが始まって数週間。
思った以上に疲れてるっぽい。

水土日に働いているのですが、
今まで以上に疲れが抜けない感覚にさいなまれています。
電車で運良く椅子に座れたときなんて、6割方、降りる駅の1つ先で起きてしまいます。

でも、これでも、社会人の大変さとは比にならないほど簡単な部類だと思う。
結局のところ、「仕事」でも「バイト」ですからね。

んー…辛い。
精神的に辛いというより、肉体的に辛い。
でもでも、嫌ではないので、まだまだ頑張るのだろう。

生活は続いていくし、
バイトは続いていく。



Buster!

ここ、東京では電車が込みすぎている気がする。
通勤ラッシュとかち合わせで電車に乗っているのでしょうがないことなのだが、毎日のように人と人につぶされて学校に通っている。

そもそも、以前住んでいたところは、雨の日こそすし詰め状態になるが、ここまで混んでいなかった。

しかし、ここは都心というだけあり、この状態も日常茶飯事。
逆に空いている方が珍しいものだ。
それに、そっちの方が個人的にも嬉しい。

そんな状況に左右されながらも、最近はイライラするということが特にないと感じる。
もちろん個人的に嫌いなものもあるし、苦手な人もいるのだが。

自分で言うのもなんだが、以前と比べるとおおらかになったと言ってもいい気がする。
おおらかに”戻った”のほうが正しいのかもしれないが。

以前、特に高校1年生辺りの自分は、今とはまったくの逆で毎日のように周りを憎んで呪って、常にトゲが立っているような状態だった。

思い通りのことが起きないとイライラして、心の中で誰に向けるのかも分からない刃物を振り回している気分になっていた。
みんな死んでしまえと願ったこともあった。
どうにも「うまくいかない」ことが当時は何度も続いて、自分を見失っていたようにも感じる。

自分なら出来ると思っていたことが/出来ていたことが出来ないという現実と、それと向き合うこと自体が出来ないという謎のプライド。
他人の目を気にするがゆえに起こる、自己中心的な被害妄想。

どれも悪いクセで、それが自分自身をむしばんでいたのだと思う。

けれど、その1年と半年後には冒頭でも話をした通り、イライラすることは減っていた。

しかし、それはそれとして、最近の電車の中の東京都民の皆さん、ひいては、東京に限らずその他、静岡や愛知や大阪や鹿児島などなど…の過ごし方が悪いんじゃないか!!と思う。

なんでそんなにもスマホに集中をしてしまうのか。
すし詰めになってしまうのはしょうがないのだが、その状況でもなんでスマホから目線を外さないのか。

老若男女の皆々様が世代を超えてこの手元に収まる機械を持っている、という状況自体は途轍もなく面白いと思うし、好きな状況なのだが、眺めるのが難しい瞬間でも見ようとするのはなぜだろう。

もちろん自分は、常に音楽を流しながら電車に乗っているのでそこまで「眺める」必要性がない。
のだが、スマホで音楽を聴いているので、手放せていないというのは一緒だ。

そもそも、スマホというモノ自体、出来ることがパソコンと似ているので、ネットで調べものも出来るし、書き込みも、このように投稿だって出来る。

だからみんな、文字通り「こうべを垂れて」いるのだろう。

なんでそんなに謙虚にしているのかと思ったら、みんな疲れて頭が重いのはと思ったら、そういうことだったのか。

今年の4月頃の話である。
スマホで音楽を聴きながら歩いていると、スマホから通知が鳴った。

その通知音は大学で使っているクラスチャンネルをまとめたもので、その時は何か授業にまつわる連絡があったのかと、スマホを開きながら歩いていた。

すると突然目の前から、「スマホ見ながらあるいてんじゃねえよ!」と知らないおじさんにお説教を食らった。
すれ違いざまに一言、といった感じで言われたものだった。

本当なら言い返してやりたいものだし、ネットで愚痴ってもやりたかったのだが、スマホを見ながら歩いていたのは真実なので、ぐうの音も出ない。

こんなのは僻みのようなものに過ぎないのだが、正直、僕を注意したあの人だって、"歩きスマホをしたことがない"なんてことは8割方無いと思うのだ。

この話を友人に話してみると、彼は
「やっぱり、スマホがあるからダメなんじゃないのかな?」
「ちなみに、俺はしたことないよ。」
と、スマホの電話越しで熱く語っていた。

こいつがしていたことは、僕が覚えている。

僕もこうなれるように、
都合のいいときに自分を棚に上げられるように、
過去の自分をブッ壊わしてみるのも悪くないのかもしれないと思った日だった。



きゅうくらりんに思いを馳せる

これはくまくらりん

初見で聞いた時の感想は、
「なんでこんなにも『気持ちの悪い曲』がつくれるのだろうか」
と思った。

音の運びや雰囲気や歌わせ方や…
そのどれもがとにかく『完全に不完全』な感じがして、気持ち悪いと感じたのだ。

初めてこの曲を聴いたのは、とあるyoutubeのshortからだった。

そのshortはMVのイントロをオマージュしたものだったのだが、イントロの時点ではそこまで不快感はなく、良い感じの曲だなとしか思っていなかった。

曲を知った数日後、せっかくだし聴いてみようとふと思った。
登校中に電車の中で「きゅうくらりん」というフレーズを耳にしたからでもあった。

そうして聴いた結果、思いついた言葉が上に書いたものである。

正直もっとハッピーな曲だと思っていた。
イントロからはそんな雰囲気が出ていたし、MVだってそんな苦しいイメージが湧かなかったからだ。

自分は歌詞よりも先に曲が好きになる。
どんなジャンルで、曲調で、音の作り方で、それ以外の色々な部分も含めて、感じて聴いている。

しかし、この曲に関してはそうならなかった。
いや、この曲が”そうさせなかった”といってもいい気がする。

サビに入っていくにつれて気持ち悪くなっていき、イントロになると明るくなる。特に2番なんて言うのは、イントロ後すぐに不安定な様を見せつけてくる。

youtubeのコメントから言葉をもらうなら、「躁鬱」を表しているようだった。

気丈に見せる、明るい「躁」の部分と、自分を追い詰める、暗い「鬱」の部分が安定に不安定に並べられている。

その「躁鬱」に苦しんでいる姿が容易に想像できてしまうのがまた辛かった。

幸せになるのはそんなに悪いことだろうか。

自分の「好き」という気持ちのせいで自分の心を追い詰めていく。
自分なんかが、とか。この不安定な自分を知られたくない、とか。

恥ずかしいことは悪だと思わないし、アンバランスなことだって悪だとは言わない。

『だから、君は悪くない』
と思う。

ちょうど、この「きゅうくらりん」を聴く1週間ほど前、よく見ている配信者の配信を見ていた。

ずっと名前だけは知っていたけど、おおまかな内容は知っていたけど、しっかりと見たことは無かったゲームだった。

そのゲームがswitchに移植されたらしく、せっかくだし、ということで始めたらしい。

そのゲームの名前は「ドキドキ文芸部」。
当時、ネットで話題になっていたビジュアルノベルゲームである。

youtubeのコメントとその配信の内容。
やはり一致するところが多く感じる。

考えていくたびにそれを思い出して、少し暗い気分になってしまう。

結局のところ、歌詞の真意は作者のいよわさんしか知らないことなので、僕たちが出来るのはただ考えることだけなのだが、
彼女が幸せになれていることを信じたいと思う。

それとはまったく別で、「きゅうくらりんメーカー」さんたちにはとても楽しませてもらってるし、使わせてもらっている。

それも含めて、
きゅうくらりんは良いブームを巻き起こしたなぁと感じた。



6月の花嫁

結婚はしたい。
いつかはしていたい。してみたい。
そう漠然的に思っている。

けれど、その光景を想像をしてみても全く浮かばず、ずっともやがかかっているような感覚になる。

一時期のニュースでは、名のある俳優さんや芸人さんの方々が結婚したというものであふれていた。

彼らの中で、結婚を決めた瞬間はいつだったのだろうか。
なぜ、結婚をしたいと思ったのだろうか。

過去にみたテレビでは、
男性は精神的な面で支えあえるから。
女性は家計の問題で支えあえるから。
と言っていた気がする。

とりあえず、世間の声でも聞いてみることにしよう。

両者共通のメリットとしては「大切な人と家族になれる」とか「親を安心させられる」、「経済的に安定する」「ふたりで助け合える」というものがあるらしい。

先にあげた、家計の問題で…というのは両者ともメリットとして受け取っているみたいだ。

また、やはり大切な人と家族になれるというのは結婚の大きなメリットになっている。
言われてみれば、そもそも好き同士で付き合っているのが一般的なので、その延長線上として結婚があると考えると、納得の意見だ。

女性視点でのメリットは、妊娠・出産の基盤づくりとある。

そもそもの話、世間的にデキ婚というのがどう捉えられているのか分からないが、個人的には、あまり言いようには聞こえない。

そう考えると、結婚することで子供を育てる第一ステップが踏み出しやすいということが分かる。

親からも認められ、安心して育てることが出来る環境がある、というのは途轍もなく大切なものなんだなぁ…と思った。

他にも、共働きでは無い場合、社会保険などの扶養に入ることが出来る、と書いてあるが想像すると、少し生々しく感じたのでこの話はここまでにしよう。

これは偏見も混じっているが、近年では女性も働いて、共働きする家庭も珍しくない。
というか、そっちのほうが多いんじゃないかという気さえする。

では男性のメリットはなんだろう。

もちろん、お金の面で言うならば、世間的には「養っていかなくてはいけないパートナーがいる」という認識のため、税関連の優遇があるらしい。

それに加えて、「家事を分担できる」というのがあった。
世の中の男性の中で、掃除好きだとか料理好きだとかいう人たちが何人いるのかは分からないが、それらが得意でない人たちが多いのだろうか。

かくいう自分も、部屋はあまり良いほうではなく、ごみを捨てるのを後回しにしてしまいがちなので気を付けなくてはいけない。

料理に関して言えば、最近はyoutubeなどで「料理男子」と謳って動画を投稿している人たちを多く見かけるが、近年の社会の風潮で言えば、「料理もロクにできないやつは捨てられる」らしいので、少しでも腕を磨かなくては。

結婚に対するメリットをいくつか挙げたが、余計に想像がつかなくなってしまった。

そもそも、何かにつけて自己中心的にしか考えられない自分が結婚なんて考えが付くはずもないのだ。
支えあえる仲が、本音が吐ける仲がほしいなんて易々と考えてる内は。

まぁそんなことを考えても、今はとりあえず大学生活を頑張らなくてはいけないし、それからバイトにも精を出さなくてはいけないし、結局漠然的のままである。

だが、願望はある。



とある1日

その日は、映画を見に行こうと決めていた。

以前、漫画で見た話が映画化すると聞いて楽しみにしていた。
それは元々アニメで作られたものがコミカライズされたものだった。

朝の4:30に起きて窓の外を眺めてみるが、さすがに外は暗かった。
しかし、窓を開けてみると、外からはお風呂の湧いている匂いがする。

この時間に入ってるってことは、朝風呂が好きな人なのか。
それとも仕事が夜遅くまで伸びてしまったのか。
いずれにせよ、お疲れ様です。

そう、思った。

映画の始まる時間が朝の8:30だったので、そのための早起きだ。
本当なら6:00くらいまでは寝ていたかったのだが。

ちょうど前日、夜の19:00頃からその漫画と世界観を同じにした全く違うストーリーを繰り広げる青春怪獣物語を見ていたので、気分は高揚していた。

今回見に行く映画は、前に見た漫画のアニメ版のキャラと前夜に見たキャラ両方ともが登場する。

つまりは、”履修”するために夜から5,6時間ほどかけてそのアニメを見たのだ。

始発の電車に乗って大学近くの映画館まで行く。
電車が進むにつれて、朝日が車内に差し込む。
それと比例するように乗ってくる人の人数も増えていた。

あんなに山手線が空いていたのはたぶん今後みないだろう。

涼しい風が吹いている。いい感じの日差しだ。
映画館のある方向の出口から出ると、女性の声が響いていた。

すぐそばの交番に向かって何かを訴えているようだった。
確か「私の電話返してよ!!連絡先返してよ!!」と叫んでいたんだっけか。

その女性は制服を着ていた。
たぶん、女子高生だと思う。

その光景は混沌という言葉が似合っていた。

映画館についてチケットを買う。
ポップコーンを買おうとレジに並ぶ。

思った以上に値段が高かったので、ジンジャーエールのMだけを買った。
パンフレットも買えばよかった。

席に座って開始を待つ。
部屋全体が暗くなっていく。
色々な予告が終わり本格的に明かりが消えていく。

流れていくスクリーン。
邂逅する主人公たち。

アツい展開の連続で、気付くとこぶしを強く握っていた。
思わず自分も、「インスタンス・ドミネーション」と叫んでしまいそうになるくらい、蓬くんがカッコよかったことを覚えている。

裕太くん自身が元来からあの精神を持ち合わせていたことが分かったし、文化祭のラストシーンでは本当に感動もした。

蟹はふつうだったが、とにかく面白い映画だった。

映画を見終わった帰り際、そういえばあの女子高生はどうなったのか少し気になった。

あの後返してもらったのだろうか。
それとも、ここら辺はあまり良いうわさを聞かない地域なので、あの子はそういうよくない連中とつるんでいたのかもしれない。

なんて、そんな想像をしながら入口に向かったが案の定いることは無かった。

そもそも、あの光景が夢だったんじゃないかと思うほどに、人はたくさんいたし、声もたくさんあった。

しかしあの時あった音は、あの高い叫び声と、あの立体的な看板の話し声だけだったのだ。

電車に乗って帰るとき、運よく座れたのでそのまま揺られていると、気が付いたら一人だった。

周りの音も聞こえないし、外の景色も見えない。
ただ白いもやの中を電車は走っている。

心の中では焦りながら、出来るだけ冷静になって辺りを見回してみるが、案の定いることはなかった。

もしかしたら奥にはいるかもしれない。
とにかく、人が存在していることを知りたい。
運転手がいなかったらどうやってこの電車を動かしているんだ。

そう思い立ち上がろうとした瞬間、目が覚めた。

ちょうど1駅前だった、とかそういうわけでもなく。
あと3駅ほど前だった。

家に帰って、荷物を置いて手を洗う。
そうして僕は今日1日で思ったことをつぶやくのだった。

『「GRIDMAN UNIVERSE」面白かったな~』と。



まとめ:睦言

急にe-maのど飴が舐めたくなってしまった。
昔からあるあのグレープ味の、すっきりとする飴だ。

そう思ったのは登校中の電車の中。
スマホで漫画を読んでいて、ふとそう思った。

駅構内から改札を出て、セブンイレブンに向かう。

MINTIAやキシリトールなどが置いてあるコーナーを探してみる。
あのコーナーの種類を何というかは知らないが、口に入れて数分はなくならないやつらのシリーズな気がする。

普通に置いてあると思ったのだがe-maのeの字も見つからない。
それこそさっき話に出したものたちは置いてあるのに、この飴だけが見つからない。

少しショックを受けながら学校へ向かった。

しかし、そのまま諦めるというのも納得がいかない。
そう考えながら学校を通り過ぎて、近くのローソンへ向かった。

ここなら、と思いローソンへ入っていくが結果は撃沈。
ここでもe-maは見つからなかった。
そもそも、そのコーナーすら見つけられなかった。

ここからもう少し先に、ファミリーマートがあるのだがそこまで行くのはめんどくさかったのでその日は諦めた。

『結局見つかったのかって?
まぁとりあえず聞いていてほしい。』

翌日、お昼を食べるためにそこのファミリーマートへ自分は向かっていた。もちろん、目標ののど飴を探すためだ。

学校内にあるコンビニは既に確認済みで、もちろんなかった。
予想はしていた。

正直に言おう。ファミマへ向かう途中、もしかしたらファミマにもないかも、なんて自分は思っていた。
こんなにいろんなコンビニを回ってもなかったんだから。

そして、嫌な考えは的中してしまったのだった。

店内に入って、そのコーナーへと向かうが、デジャヴなのかと思うほどの同じ展開。
もしかしたら、販売停止になってしまったのかも。

『…何?「明日、一緒に探そうか」って?
大丈夫だよ。
僕らしいオチが待ってるから。』

結局、ファミマでお昼ご飯だけ買って、近くの公園で食べた。

午後の講義のために学校へ戻る途中にふと、
そういえば野菜ジュースを飲んでいない
と思い出した。

『最近は、偏ったお昼になりがちだから、
野菜ジュースを飲んで、健康になったような気持ちになってるんだ。』

そうして、昨日訪れたローソンへ入った。

昨日はとても込んでいたのだが、今は時間も関係あるのか人が少なかった。

レジの、通路を挟んで目の前。
そこにその”コーナー”はあった。

あぁこんなところに。
あまり期待はしていなかったがとりあえず探してみることにした。

その結果、あったんだ。
そのコーナーの端っこに。
e-maのグレープ味が。

『そう。つまりは、僕の調べ不足ってわけ。
ローソン側からすると、そもそもおいてないコーナーを眺めて、「e-maのど飴ないなぁ」って言って、店内を出ていく奇行をしていたわけ。』

結局、その前日にMINTIAのグレープ味を買ってしまっていたので、その日買うことは無かったのだが、これがなくなったら買うつもりだ。

『どう?面白かった?』

「んー…そんなに。だってオチが落ちてないじゃん。
でも、まぁ…」

私はあなたの
そんなところも含めて好きなのだ。

だから…

「きみらしくっていいんじゃない?
そーいうところも悪くないと思うよ。」

そんなたわいもない話をしながら、夜は更けていく。
そんな睦言ピロートークを交わしながら。




<おわりに>

前回からずっと「らしい」ってなんだろうって考えてたんです。

男らしい、女らしい。
大人らしい、子供らしい。

結局そういうものって一つのレッテルというか偏見というか固定観念というか、そういうものだと思う。

けど、その中にはプライドみたいなものも混じってるって感じていて。

例えば、「相手の手を引くのは男から」みたいな。

けど、自分は、相手との一対一で自分から動くことがとにかく得意じゃないから、まったく動けずに終わってしまうのも珍しくはない。

結局それは、自分が臆病で根性なしで自己中心的だからに変わりないとは思う。

そういう意味では、今回の月刊は、自分の偏見をたくさん詰め込んだようなものに感じる。

人間社会はずっと偏見にまみれて出来ているし、偏見をしない人間なんて誰一人としていないと思う。

誰かひとりにスポットライトを当てたとして、その人のことをあなたはどれくらいわかってますか?って聞かれたところで、完璧に答えられる人は少ないと思うから。

その人の10分の1しかしらないのに、その人はこんな人って決めつけるのはあんまり好きじゃない。

けれど、逆に他人だからこそ、自分がどんな人間なのかわかるパターンだってあるはずだ。
それこそ、その人の”くせ”を分かっている、なんていうのは該当すると思う。

そういえば”くせ”を知ることは愛である、みたいな話を以前書いたような気もする。

これでようやく半年が終わります。

分かっているのは、バイトも始まったし、大学も忙しくなってきたし、色々なものに左右される日が続くだろうってことだけ。

だけど、だからこそ、自分を保つためにも月刊は続いていく。

こんな終わらせ方を毎回している気がしますが、僕の気持ちや考えはあまり変わっていないということを指しているのでしょうか。

そんなことは分からない。
けれど、生活は続いていく。

ラジオは続いていく。

大学生活は続いていく。

バイトは続いていく。

月刊は続いていく。

それではまた来月!!



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