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この父ありて 娘たちの歳月

 本書は石牟礼道子や茨木のり子など、9人の女性作家たちの人生を父親との関係を通して描いたものだ。なかでも印象的だったのは、渡辺和子と齋藤史である。

 和子の父・渡辺錠太郎は陸軍で教育総監を務めていたが、青年将校たちに銃撃され、和子の前で惨殺された。二・二六事件である。

 これに昭和天皇が激怒し、二・二六事件は鎮圧されたが、この青年将校たちを援助したとして投獄された一人が、齋藤史の父・齋藤瀏だった。刑死した青年将校の中には史の幼なじみもいた。

 和子は長じてクリスチャンとなり、父親を殺された恨みと向き合っていく。二・二六事件から50年後、和子は青年将校15人が刑死した日に毎年行われていた法要に参加した。法要のあと、青年将校の遺族から、本来なら自分たちこそ先にお父さまのお墓にお参りすべきだったと涙ながらに謝罪された。叛乱軍という汚名を受けた身内を持った人たちは、被害者の娘である私より、もっとつらい50年を過ごしてきたに違いない――。これをきっかけに、和子の恨みはなくなったという(本書26~27頁)。

 史にも二・二六事件をめぐり決定的な瞬間が訪れる。史は昭和天皇にこだわりを抱き続け、それを歌に詠んで発表したこともある。

 事件から61年後、史は宮中歌会始の召人に選ばれた。当日、御殿の正面の大階段を昇っていく際、後ろに軍服の軍人たちが並んでいるような気がした。史は「みんな一緒に行こうね」とつぶやいたという。歌会始のあと、史は天皇(現・上皇)から声をかけられた。「お父上は、齋藤瀏さんでしたね、軍人で……」。史は「初めは軍人で、おしまいはそうではなくなりまして。おかしな男でございます」と答えた。これはやはり和解の瞬間だったのだろう(同52~53頁)。

 本書が取り上げている9人の人生は、みな戦争を抜きに語ることはできない。戦争の足音が近づいている今日、本書とともにその人生に思いを馳せることには大きな意味があるように思う。
(編集長 中村友哉)

(『月刊日本』2022年12月号より)

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書 籍:この父ありて 娘たちの歳月
著 者:梯久美子
出版社:文藝春秋


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