水中での戦い

小学校低学年だった頃のできごと。

私は5歳から9歳くらいまでスイミングククールに通っていた。たしか小学4年生のときにバドミントン部に入ったのを機にやめるまで通っていたと記憶している。自分の意志で始めたわけではなかったので、私にとっては決して楽しい習い事ではなかったが、進級テストに合格して平泳ぎを習えるようになったときは嬉しかった。


私は背が低かったので、25メートルプールの両端こそなんとか立っていられたが、ひとたび泳ぎだすと25メートルを泳ぎきらないと水中で立つことができない。それが恐怖だった。何といったらいいだろう、泳ぎ始めたらプールの底にトゲトゲが生えていて、立ったら刺さってしまう、それくらいの強迫観念で途中で泳ぐのをやめることができなかった。大げさな言い方だけど、そのときの私にとっては命がけ・・だった。


もともと運動は大好きで、運動神経もよい方。小学校で開催される運動会は一年で一番楽しみにしているほどだった。かけっこが好きで先頭を走るのが気持ちよくてたまらない。


一方こちらのスイミングスクールでも年に一度運動会のような水泳大会が開催されるのだが、こちらは私にとって苦痛以外の何ものでもなかった。


この水泳大会で一番の目玉イベントが紅白に分かれての棒倒し。この棒倒しが厄介なのだ。


プールの中央、つまり一番深いところに紅白の長い棒をそれぞれ立て、敵の棒を先に倒した方が勝ち、というシンプルな勝負。先に述べたように、私は背が低いのでプールの端っこ以外水中で立つことができない。


もう何が恐怖なのかおわかりだろうか。


私はその一番深い場所で、底に生えている見えないトゲに怯えながら水中を浮遊しなければならないのだ。しかも敵の棒を倒そうとみんなが荒々しく戦っている水中で。



「ピーッ!」


笛を合図にみんなが一斉にプールに飛び込む。自分の棒を守る人。敵の棒を攻める人。水面に荒々しく水しぶきがあがる。


あのときの光景を今でもよく覚えている。

ひとりプールサイドに取り残された私は、ただただオロオロしているだけ。見上げると見学席で私の母が「ほら、いきなさい!とびこびなさい!」身振り手振りしている。


涙目になって、でもギャラリーの視線も恥ずかしくて、もう行くしかなくて、


えーい!ままよ!


そんな気持ちで私はプールに飛び込んだ。


すぐに最初に目の前に現れたお姉さんの腕にしがみつき


「助けてください!」と泣き叫びながら懇願。
パニックとはこういうときに使うのだろう。



結局最後まで私はそのお姉さんの腕にしがみついて離れなかった。


はっきり言って、そのあとの記憶はまったく残っていない。勝負の行方なんてどうでもいい。覚えているのは、まるでサメに襲われんばかりの形相で(いやあのときの私はまさにそれくらいの心境だった)、実は私自身がサメのようにお姉さんの腕にしがみつき最後まで離れなかったということだけ。

お姉さんもこわかっただろう。


とにかく、あの棒倒しは私にとっては苦痛でしかなかったし苦々しい想い出である。

でも今想い出すと、ちょっと笑えるエピソードだ。

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