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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第25話「『天馬計画』開始! 『黒鉄の翼』スタンバイ!」

落ちていく…
 約300mの高度からの地面への激突に、果たして俺の身体が耐えられるだろうか…?
 だが、自由落下中の俺には運を天にまかせるしかどうする事も出来ない。
 もどかしいが、満月における自分自身の不死身の身体を信じるしかなかった。だが、いくら不死身といってもグチャグチャになった俺が元通りに歩けるようになるまでは、どうしても数分以上の時間がかかってしまうだろう。
 その間にライラ達が乗ったヘリに逃げられてしまう…
だが、俺は常に楽天的な獣人白虎だった。

Que Sera, Seraケセラセラ… なるようになるさ…」

 俺は数秒後に自分の激突する眼下の様子を見た。
「下にいる人に当たる事だけは避けなくては…」
 そう思いながら下を見た俺は、自分のほほゆるむのを止められなかった。

「満月の神様は、まだ俺を見捨てていない様だ。」

 猛スピードで落下する俺の真下にあったのは、俺が新宿カブキ町で開業している『千寿せんじゅ探偵事務所』の入った『wind festivalかざまつり』ビルから、そう離れていない地点に建つ10階建ての雑居ビルだった。
 見覚えのあるどころか、俺は今日も前を歩いて通って来たんだ。
 最近ビルのオーナーが変わったために、現在立て直しの工事中だ。
 こんな深夜には当然だが作業はやっちゃいないらしく、灯りと言えば非常灯くらいだ…
 上手うまい具合にビル内に人はいない様だし、ビル全体を足場を組んでの工事中だから運よくあそこへ落ちれば…

 俺は出来るだけ激突のショックをやわらげるべく手足を折り曲げ、身体を抱える様にして胎児のような姿勢を取った。
 今の俺なら可能なはずだ…
 自分の不死身の身体と運を信じて、俺はそのまま工事中のビルに突っ込んだ!

「バキバキバキッ! ガラガラガラッ! ドスーンッ!」

 まず俺の落ちたのは、生乾きのコンクリートの屋上部分だった。各階の鉄筋の床部分をぶち破る事で徐々に落下による激突のエネルギーを減衰させ、10階建てのビルの7階の床にめり込んだ時点で、ようやく止まる事が出来た…
 かなりの衝撃が俺の身体を襲い、全身のいたる箇所に骨折や裂傷を負ったが、数分後に全て再生修復した俺はゆっくりと立ち上がった…

 もう、俺が動くのに身体のどこにも支障は無かった。
 俺はあらためて自分自身の不死身のタフさ加減に、我ながら感心せざるを得なかった。

 ライラの奴、この程度で満月の夜の俺を止められると思ったか。
 今の俺は、身体じゅう丸ごとが発電所みたいにエネルギーの塊なのだ。
 月から俺に、無尽蔵のエネルギーが送られて来る。

 俺はすぐにビルの非常階段を脱兎だっとのごとく駆け下りたが、もどかしいので3階から外の道路へと飛び降りた。
 道路に出た俺は猛スピードで、自分の探偵事務所のある『wind festivalかざまつり』ビルに向かって走った。
 『wind festivalかざまつり』ビルに待機している秘書の風祭かざまつり聖子に連絡を取る事が出来なかったのだ。
 何しろ俺の身に着けていた物は衣服はもちろんの事、事務所にいる聖子との通信用のヘッドセットもスマートウォッチも全てライラによるミニガンの斉射せいしゃで破壊されていた。
 ほんの近い距離にいる俺の安否が分からない聖子は、ヘッドセットが破壊されてからの状況が不明なので、心配だったに違いない。

 『wind festivalかざまつり』ビルに着いた俺は2階の俺の事務所に駆け上がった。
 事務所のドアを開けた俺は、開口一番で言った。
「ただいま、今帰ったよ。」
 俺の目の前では、真っ青な顔をして眼を真っ赤に泣き腫らした風祭かざまつり聖子が、座っていたデスクの椅子からヨロヨロと立ち上がったところだった。
 可哀そうに、少しの間で聖子はかなり憔悴しょうすいしている様子だった。

「所長… ああ… ご無事だったんですね…」
そう言った聖子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 俺は、日ごろの聖子からは想像の付かない様に疲れ果てた姿を見て心が痛んだ…
「すまなかった…聖子君、心配をかけて。
通信手段を全部破壊されたんだ、連絡が取れなかった…」

「いえ、いいんです… 所長がご無事ならそれで。」
聖子は泣きながら無理に笑顔を浮かべて見せた。
 こんな状況でも彼女は美しかった。いや、いつもの彼女よりも痛々しい姿が男心を余計に刺激する…
 
 だが、そんな風に聖子に見とれている余裕は俺には無い。

「聖子君、俺は着替えたらすぐに『ロシナンテ』で出る。川田 明日香あすかを乗せたヘリが逃走中だ。
 追跡弾を彼女の服に撃ち込んでおいたから、GPSの発信を追ってすぐにヘリを追跡する。
 それと聖子君、今回は『黒鉄くろがねの翼』を使う。いつでも発進出来るようにスタンバイしておいてくれ。
いよいよ『天馬ペガサス計画』の始動だ!」   (※参照
 俺はそれだけを聖子に伝え、着替えをするべく自室に入った。

「了解しました、所長。『天馬ペガサス計画』を開始します!」
そう力強く返事をした聖子は準備に入った。

 自室で服を身に着けている俺に、隣の事務所から聖子の声が聞こえてきた。
「起きて! 青方あおかた君! 『天馬計画』の開始よ!
 そうよ! 急いで『黒鉄くろがねの翼』をスタンバイして!
 これは訓練じゃないの、実戦よ! アイアンウイングA装備で行くわ!
 そう、主武装のチェーンガンに加えレールガンを装備! 空対空ミサイル『Wasp』も装備してね。想定される敵は戦闘ヘリ!」

 俺は着替えを終えて事務所に戻り、呆れた顔で聖子に聞いた。
「おいおい、聖子君。何かとんでもなく物騒ぶっそうな話になってないか…?
 何だよ、レールガンだの空対空ミサイルだのって? 『黒鉄の翼』ってそんなに物騒な代物しろものなのか?
 それに青方ってあの17歳の坊やだろ? 確か青方龍士郎あおかたりゅうしろうとかっていう、君のやとった『ロシナンテ』のメカニックの。
 あの坊やの車や機械をいじる腕は確かに凄腕すごうでと言っていいが、まだ高校生の坊やにそんなとんでもない武器なんて扱わせて大丈夫なのか?」

 青方龍士郎あおかたりゅうしろうというのは、聖子が『ロシナンテ』の整備に雇ったと言って俺に紹介した17歳の高校二年生の少年だ。
 澄んだ目をした利発そうなイケメン少年だった。
 さぞかし、同世代の少女にモテるだろうと思われた。
聖子はショタコンだったのか…と、俺は思ったものだった
 
 だが、少し… いや、俺が大いに気になったのは、青方あおかたと名乗ったこの少年が一本の日本刀をいつも持っている事だった。
 肌身離さずとまでは言わないが、彼の手放せない愛用の刀の様だった。
まるで侍の様だ…
剣道か居合でもやっているのだろうか…?
 詳しく見た訳では無いが…それは模造刀もぞうとうでは無く、かなり年季の入った本物の刀だった。
 俺は洋の東西を問わず、武器に関しては目利めききなのだ。

 一度、俺は青方少年に刀の事を聞いてみた事がある。
すると、彼が答えるには
「自分は先祖代々受け継いでいる二本の太刀たちと、一本の伸縮自在のやりを持っているんです。
 その代の当主が持ち主となるんですが、今は僕がそれに当たります…」
と…いう事だった。
何でも彼の先祖は、腕の立つ侍だったそうだ。

 それ以上は、俺もガキのプライバシーに首を突っ込むつもりは無い。
 何と言っても、俺はショタコンでは無いんだからな…
 
 とにかく、最初は変な刀を持った高二のガキに何が出来るんだと思っていた俺だったが、どこで誰に習ったんだか確かに車のメカニックとしての腕は一流だった。
 聖子がいたく気に入ってる様子で、肩入れの仕方も尋常じんじょうでは無かった。

 この『wind festivalかざまつり』ビルはその名前が示す通り、俺の秘書の風祭かざまつり聖子がオーナーの物件だ。
 俺もこのビルに探偵事務所を開かせてもらっている。
 このビルの一階が俺の愛車『ロシナンテ』の専用駐車場兼整備工場になっているんだが、青方少年は一階にひと部屋を当てがってもらって住み込みで働いている。
 あいつはまだ現役の高校生と言う事だった。高校生のくせにあれだけ一流の整備士としての腕を持っているのは驚きだったが、いったい学校にはちゃんと行ってるのか?
 まあ、俺としては『ロシナンテ』さえ最高の状態に保ってくれたら、メカニックがどんな人間だろうが構いはしない。
 俺ではなく風祭かざまつり聖子が青方少年を雇っているのだから、腕さえ確かなら俺にどうこう言う資格はないのだ。

メカニックの小僧についての解説は、この辺でやめとこう。

 話を戻すが、俺だって本当の所は『天馬計画』だの『黒鉄の翼』だのというのは、聖子からプランとしてしか聞いちゃいないんだ。
 実現すれば素晴らしいとは思ったが、半分眉にツバを付けて聖子から聞いていた。

 だが、今回の状況ではこの『天馬計画』に賭けない訳にはいかなくなった。鳳 成治おおとり せいじに連絡を付けて、ヤツの特務零課とくむぜろかを動かしていては遅いのだ。
 今すぐ、俺が動かなければ…

「とにかく頼むよ、聖子君。『天馬計画』は君の考えたプランだ。全面的に君に任せる。
 川田明日香に付けた発信機から送られてくるGPSの位置信号は、『ロシナンテ』でもこの事務所のパソコンからでも確認出来る。君は俺に指示を送ってくれ。」
俺は聖子にウィンクして言った。

「分かりました、所長。それとこれを持って行ってください。
 前の物より小型軽量化して、性能と耐久性もアップしてあります。」
 
 そう言って聖子が俺に渡してよこしたのは、新しい通信用ヘッドセットだった。これを俺が頭に着用していれば、聖子も俺が見ているのとほぼ同じ視界を共有出来るし、聖子との通信も音声入力を使ってハンズフリーで行なえる。
 これは聖子が設計し製作した物で、俺にとって非常に役に立つアイテムなのだ。
 それを頭に装着した俺は、もう一度聖子にウィンクをしてドアを開けようと扉の前に立った。

その時だ…
 俺が開けるよりも早く、ドアが外から開けられたのだ。
 ドアを開けて入って来たのはおおとり成治せいじだった。

「お前、こんな所で何やってるんだ? 川田明日香を追ったんじゃないのか?」
 突然の鉢合はちあわせに驚いたのはお互いだったが、すぐにおおとりが怒った調子で俺を問い詰めて来た。

「馬鹿野郎! 俺はライラにエレベーターで殺されかけ、屋上ではミニガンで何千発と撃たれた挙句あげくに数百m上空のヘリから突き落とされたんだぞ!
 これが俺じゃ無かったら、何度もミンチになって今頃カラスのエサになってたところだ。」
 売り言葉に買い言葉だったが、頭にきた俺の怒鳴りながらの説明に、流石さすがおおとりも黙ってしまった。

「すまん… ひどい目にったようだな、お前は。」
 おおとりが素直に俺に頭を下げたので、俺の怒りも治まった。

「ところで、あの『地獄會議ディーユー ホエィーイー』のビルはあの後どうなったんだ? ライラは爆破する様な捨て台詞ぜりふを吐いてやがったが…」
今度は俺がおおとりに質問した。

「ああ、その事なんだが… あの後すぐにビル周辺を封鎖していた内調(内閣調査室)と公安に加えて機動隊を徴集ちょうしゅうして、周辺の住人を全て安全圏まで避難させた。爆発物処理班も呼んであり、間もなく到着するはずだ。
 だが、あれから一時間以上経ったが爆発どころか何も起こらないんだ。」
おおとりが首をひねりながら俺に言った。

「それなら、狡猾こうかつで残忍なヤツらの事だ。
 恐らく、爆発物処理班を含めた当局側の人間達がビルに踏み込んだ時点で、ビルを最凶ドラッグのstrongestストロンゲストを製造していた証拠もろとも、木っ端微塵こっぱみじんに爆破するつもりなんだろう。
 だから…おおとり、気を付けないと多数の死傷者が出るぞ!」

 俺の説明を聞いた鳳 成治おおとり せいじの顔が真っ青になった。

「まだ、この作戦の最高指揮官の俺に報告は届いていないが、到着した爆発物処理班と共に現場で待機している担当者が一斉に踏み込む予定だ…」

 今は一刻を争い急いでいる俺だったが、このまま放って置く訳にもいかなかった。
「聖子君、聞いての通りだ。
 こいつら国家公務員に義理はまったく無いんだが、大勢の死人が出ると寝覚めが悪いしカブキ町は俺の街だ。ただでさえstrongestストロンゲストで汚染されてるんだ。
 これ以上の『地獄會議ディーユー ホエィーイー』の連中の傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いを許して破壊される訳にはいかん。
 聖子君、君がハッキングして手に入れた『地獄會議ディーユー ホエィーイー』のビルのセキュリティに関する全ての情報と、爆発物の仕掛けられている場所を調べ出して、こいつらに教えてやってくれ。頼んだよ。
じゃあ、俺は行って来る。後は君にまかせたよ。」

 俺は三度目となるウィンクを聖子に送ってから、ドアを開けて外へ出た。
 そして、一階にある駐車場へと向かい階段を降り始めた。
 すると、おおとりが俺の後を追いすがる様に付いて来ながら言った。

「おい、千寿せんじゅ! 俺も連れて行け! 川田明日香を追うんだろ?」

「ああ、そうだ。
 だが、お前は足手まといになるからダメだ。」
俺はおおとりの方を振り返りもせずに冷たく言い放った。

「馬鹿野郎! この俺が足手まといだと! おい、こっちを見ろ!」
 そう言ったおおとりは俺の肩に手をかけて階段を降りるのを止めさせ、自分の方に力ずくで向けさせた。

 俺を立ち止まらせる人間など、この地球上には存在しない。
 だが、俺の肩に置かれたおおとりの手は震えていたのだ…
 それはヤツの怒りのようにも、悲しみのようにも俺には感じられた。
 ため息をきながら俺は立ち止まり、おおとりの方に振り返った。
 
 俺は旧友である鳳 成治おおとり せいじの目を見た。

 その二つの目は、俺に有無を言わせぬ決意の光に満ちあふれていた。
 親友の俺にだけは、言葉が無くてもおおとりの気持ちが即座に理解出来た。
こいつはマジに本気だな…

俺は鳳 成治おおとり せいじに向かって言った。

「これからすぐに連中を追うが、かなり危険な追跡行になる。泣き言は一切いっさい聞かんから覚悟しておけよ。行くぞ!
お前も『黒鉄の天馬アイアンペガサス』に乗せてやる!」

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