仁(Jin)

自己探求をライフワークにしています。これまで〜現在進行形の自己探求の振り返り、気づきを…

仁(Jin)

自己探求をライフワークにしています。これまで〜現在進行形の自己探求の振り返り、気づきを書いています。

最近の記事

第3章 自分が生まれ持ってきたもの①

自己愛に気づき、自分に正直に生きようと決意し、自分が何を求めているのかを探す中で出会った心理学とカウンセリング。 「自分が何を求めているのか」への探求は、自ずと、目の前の他者が何を求めているのかへの素直な関心にも繋がっていった。 自分を知ろうとすることは、他者を知ろうとすること。 他者を知ろうとすることは、自分を知ろうとすること。 自分を後回しにして他人を優先していた過去。 同じように他者に関心を向けてはいても、その頃とは異なり、自分の心は自己愛に支えられていた。

    • 第2章 心理学・カウンセリングを学ぶ③

      選択理論の学びと並行して、選択理論に基づいたカウンセリング技法であるリアリティセラピーを学ぶようになった。 特徴的だったのは、クライアント役とカウンセラー役に分かれた実践形式の練習(ロールプレイ)に多くの時間が用いられること。 カウンセリングには色んな知識や技術があるけれども、カウンセリングの学びで得た気づきは、「沈黙の尊重」と「裏メッセージ」。 沈黙の尊重 沈黙が尊重されると、人は自分に素直になり、本当に求めているものにアプローチしやすくなる。 目の前の問題に巻き

      • 第2章 心理学・カウンセリングを学ぶ②

        自分が意識的・無意識的に理想とする人・物・状況(上質世界)が、人の行動(思考・行為・感情・生理反応)の源泉となる。 上質世界や行動それ自体、上質世界と行動の過程を細やかに見ていくことが、自分をより良く知るための手助けとなった。 はじめは常識にとらわれ、何かの数値目標の達成や物質的な何かを得たいという欲求が上質世界であると勘違いしていたけれども、感情や生理反応はそれを拒否していた。自分の感覚に素直に、日常の中で観察を続けるうちに、純粋に自由や楽しみを求める自分の本心が明らか

        • 第2章 心理学・カウンセリングを学ぶ①

          自分を生きる。 その生き方を得てから、自ずと色んな学びが開けていった。 自分自身への好奇心、心や身体への好奇心、この世界の成り立ちへの好奇心。ただ自分のためだけに、自己愛と好奇心が原動力だった。 はじめに学んだのは、ある心理学とカウンセリングだった。 「選択理論」というアメリカ発祥の心理学。 その心理学に基づいた「リアリティセラピー」というカウンセリング技法。 選択理論とは、大枠以下のようなものだった。 人の行動は内発的なもの。 外からの刺激に反応して行動してい

        第3章 自分が生まれ持ってきたもの①

          第1章 自己愛④

          体験型の研修は、擬似的に、生きるか死ぬかに真剣に向き合わされる体験だった。 50名ほどの中で3名しか救命ボートに乗れない、その3名を皆の投票で決める、1人3票あり一人一人と向かい合いながらその人に投票するかしないかを伝える、自分に票を入れてもよい。そんなルールだった。 もし死ぬとしたら。 それを自分に問うたとき、これまでの過去が一気にフラッシュバックした。 敵意に敵意で返して周囲との壁を作って心を閉ざした過去、それを心配してきたであろう両親の顔が浮かんだ。 癖になった

          第1章 自己愛④

          第1章 自己愛③

          自己愛。 研修を終えて、それが日常のテーマとなった。 ありのままの自分に価値がある。 頭では分かっていても、日常に戻ると、長年積み重ねてきた癖はなかなか抜けなかった。具体的にどうしたら良いか分からない。気が付けば、他人が何を求めているのか、他人からどう見られているのか、そういう他人軸で判断行動している自分に戻っていく。 そんな中でも、自己愛の大切さに気がついたことで、少しずつ日常にヒントを探すようになった。 あるとき、「自分に正直に生きる」というフレーズが目に止まった。

          第1章 自己愛③

          第1章 自己愛②

          研修の内容は ・人生の土台は「愛」 ・人は内発的動機に基づいて行動している ・刺激で人をコントロールする習慣をやめて良好な人間関係を作る ・人生の目的、自分の願望を明確にすることが、成功していくための源泉となる ・さらに願望を具体的な目標と行動レベルに落とし込んで計画して、日々実践していく そのような内容だった。 内容を追いかけるうちに、自分が思う「愛」との違いが浮き彫りになっていった。 自分にとっての「愛」は、常に他者に向けるものだった。他者のことを考えて、他者の求

          第1章 自己愛②

          第1章 自己愛①

          移籍先の事務所は自由な事務所だった。 自由な環境に移り、少し肩の力が抜けたものの、相変わらず人目を気にして仕事をしていた。自由になれるはずなのに、目に見えないブレーキがかかっている。そんな感覚だった。 事務所の代表は、外部の研修やセミナーを沢山受けていて、積極的に事務所運営に取り入れようとしていた。自由な事務所の風紀は、そんな代表の個性が反映されたものでもあった。 入所後しばらくして、代表から所内に向けて、とある自己啓発セミナーの誘いがあった。宗教めいた響きだと敬遠する意

          第1章 自己愛①

          プロローグ(自己の喪失)③

          法科大学院でも、できない自分に苦労した。 相手の幸せを願えば自分が幸せになる。そう思って実践してみるも、最初は上手くいくのに、だんだんと他人の顔色を伺うことに疲れ、それが相手にも当然伝わり、自分の欠落感や他人とのコミュニケーションは改善されないままだった。次第に逃げるように一人で図書館で勉強するようになったが、なせがそれが心地良く、少しずつ成績が伸びていった。 法科大学院を卒業。 卒業後に受けられる司法試験に無事に合格した。1年間の修習後、晴れて弁護士になった。 採用され

          プロローグ(自己の喪失)③

          プロローグ(自己の喪失)②

          中学を卒業すると、トラブルがあった同級生とは別の高校に通うことになったが、一度身に付いた癖はなかなか取れなかった。 高校ではほとんど喋らなかった。 お昼休みはいつも机で寝てごまかした。一番辛かったのは文化祭や体育祭などの全体行事。一緒に過ごす友達もいないし、かと言って一人でずっと歩き回る勇気もなく、体育館の2階の窓際で寝転がっているのを野球部の先輩に見つかって、孤独に恥ずかしさを覚えたこともあった。ほとんど喋らないのに、チームスポーツの野球部によくいれたなと、今思えば不思議

          プロローグ(自己の喪失)②

          プロローグ(自己の喪失)①

          保育園はかなりの引っ込み思案。 明るくエネルギッシュな姉とは対照的。 いつも一人で黙って遊んでいて母親から心配され、ある日保育園で覚えて帰った「アイアイ」を自分が歌っているのを聞いて「この子も歌うんだ」と安心されたほど。 小学校入学前の1年間、幼稚園に入る。 環境に恵まれて陽気に伸び伸びと遊んでた。自由に工作を作って、自由に絵を描いて、自由に身体を動かして、自然に周りに人が集まり、全体アルバムには変顔の写真すら残っている。 小学校ではだんだんと優等生に。 どうぶつ占いペガ

          プロローグ(自己の喪失)①

          自己紹介

          はじめまして。仁(Jin)です。 読んでくださりありがとうございます。 自己探求をライフワークとする40歳です。 14歳で人間関係につまづき、他人を優先して、他人が喜ぶことは何かばかり考えていたら、いつのまにか自分がどうしたいのか全く分からなくなっていました。他人に誠実であろうとするあまり、一番身近な自分に対して最も不誠実な人間になっていました。 35歳のとき、体験型の研修で、自分のない人生がいかに不自由で、そんな自分の姿がいかに妻や子ども達の生き方を制限してしまってい