教導の無力さを知れば、子育てもラクになる

ファミレスでぎゃいゆわんぎゃいゆわんに泣き叫ぶ子連れを見て、思ったこと。


「イヤイヤ期だからしょうがないわよね😌」言うてる場合じゃないです。


イヤイヤ期がなぜ存在するかというと、親が大人の都合で子供を従わせようとするからです。

7時はご飯食べる時間なんだから食べなさいとか、好き嫌いせずに全部残さず食べなさいとか。


子供には子供のバイオリズムがあります。

子供と大人の胃袋の大きさも違います。

そういう生物学的な"自然"を無視して、大人と同じ朝昼晩のリズムを強制するもんだから、小さな胃袋で12時間ハラモチするように夜ご飯を無理矢理食べさせよう(しかもお腹が空いてもない全然食べたくもないタイミングで)とかいう話になるわけです。


そもそもそういう強制(=矯正)が正解である保証は一切ありません

子供の生活リズムをいくら大人の都合に矯正しようが、子供がそれを苦痛に思いながら従っているのでは、それは良い結果に繋がりません

大学進学などで一人暮らしになった瞬間タガが外れて、禁止されていたカップ麺を食べまくったり、夜更かしも自由にしまくってめちゃくちゃな生活習慣になるというのはよくある話です。


抑圧からの解放は、恐ろしい反動エネルギーを持っているのです。

厳しくしつけられた加藤死刑囚が秋葉原で7人殺したのも、良かれと思った抑圧が元々の原因です。


そもそも、食べたくもない物を食べたくない時に大人の都合で食べさせられては、食事という行為そのものが憎き生命活動となってしまう恐れすらあります。

食べることは生きることですから、これが積み重なると、生きることそのものがいつしか苦痛になっても全く不思議ではありません。


"これが正しい"と思って行う全ての教導は無力だと知りなさい。


世の中には正解なんて存在しません。

何がどう転んで、意図せぬ最悪の結末をもたらすかなんて、人間の無限の個性の前では予測不可能です。


教導が無力だと知れば、「期待する対価も得られないのに、こんな苦痛な矯正をする意味なんてあるんだろうか?」と疑問を抱くことでしょう。

そして、そんな無意味な矯正はやめて、子供の真心を尊重しようと思えるでしょう。


理想論かもしれませんが、肩の力を抜いて、自然体で子育てをしたいものですね。

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