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【読書記録】無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記/山本文緒

さて、本屋大賞の発表が終わりました。
発表直前までノミネート未読作品を読んでいたここ数ヶ月。
今年はなんだか分厚くて読み応えのある作品が多かったので、その反動で手軽に開ける文庫本や薄い本を積読しています。

本屋大賞期間中もすごく楽しくて充実していたけど、自分の読みたい本を読んでいける日々もまた最高~♪

そして本日は、ずっと読みたいと思っていた中の一つ、こちらの作品をご紹介します。

お別れの言葉は、言っても言っても言い足りない――。
急逝した作家の闘病記。

これを書くことをお別れの挨拶とさせて下さい――。思いがけない大波にさらわれ、夫とふたりだけで無人島に流されてしまったかのように、ある日突然にがんと診断され、コロナ禍の自宅でふたりきりで過ごす闘病生活が始まった。58歳で余命宣告を受け、それでも書くことを手放さなかった作家が、最期まで綴っていた日記。

Amazon概要より

私が山本さんの作品と初めて出会ったのは、2020年に出版された『自転しながら公転する』でした。

そのときの自分の人生観に大きな影響を及ぼした作品です。
(文庫化もしているし、再読してnoteでも紹介しようかな・・・)

しかし私がこの作品を読んだとき、彼女は既に没後だったので、もう新しい作品が読めることはないのかと大変ショックを受けたことを覚えています。

2021年10月に亡くなった山本文緒さんですが、『無人島のふたり~』は、その1年後、闘病中に綴っていた日記が書籍化したものです。

ご主人への愛情・思いやりにあふれた日記

ステージ4の膵臓がんで余命宣告を受けて以来、いつも山本さんの傍に寄り添い支え、ときには一緒に泣き・苦しんでいた旦那さん。

彼女の日記には、毎日のようにその旦那さんが登場しています。
それは、彼女の夫への愛情の深さが伝わる日記でした。

私の病状も、もうそのあたりまで進んでいるんだなと暗くなりつつも、今朝から少量飲み始めたら、体がいきなり軽くなってびっくり。
5分も座っていられなかったのに、今日は洗濯物もたためたし、花を活けたりもできた。本も読めるし、日記も書ける。それより何より、夫のほっとした顔を見られてよかった。

P105

残された命の短さを知り、日々変化する症状と闘うだけでいっぱいいっぱいの日々だったでしょう。そんな中にあっても、いつも、自らの亡き後、1人残される夫への心遣い。
ただ思っているだけでなくて、その気持ちを言葉にして、日々伝えていたことが、この日記からは何度も何度も伝わってきました。

「書く」ことへの未練

山本さんの作品が好きな方は、彼女の作品がもう世に出ないことを残念に思っているかと思いますが、一番辛いのは間違いなく本人です。

次の長編で、今の日本の中にいる無国籍の女性の話を書こうと思っていたので戸籍の本をだいぶ集めた。戸籍がなくても力強く生きている人もいるし、戸籍でがんじがらめになって生きている人もいる、そういう対比や彼らの未来を書きたかった。
でももう書けないので誰か書いてくださってOKです。
そしてその次の本は『ばにらさま』収録の「20×20」という短編に出てきた純文学作家崩れの女の人で連作短編集を作ろうと思っていた。
表現は人を傷つけ時には訴えられることもあるのに、表現を止めることができない。盗作紛いのことをしてまで創作にかじりつく頭のネジが一本飛んでいるみたいな人を書こうと思っていた。
これは私小説まではいかないけれど、自分が長年文芸の世界で見てきたことを盛り込もうと思っていた。でもこれももう完成させることはできないのでどなたか書いてくださってOKです。

P65

まだまだ書きたいことがあって、この世に送り出されるべき作品があったにもかかわらず、それができないということは、作家としてこれほど辛く苦しいことはなかったでしょう。

体調が悪く2~3行しか書けなくても、感情がコントロールできなかった日があっても、力つくその日まで筆を取り続けた山本さん。

彼女が最期に残した文章たちが、本当に全部素晴らしかったです。

彼女なりの、病との向き合い方

がんの診断を受けてから、山本さんは進行を遅らせるための抗がん剤治療を行いましたが、しかしその辛さから、その一度きりでやめてしまったそうです。

ただ私はがん宣告を受け、それがもう完治不能と聞いた瞬間に「逃げなくちゃ!あらゆる苦しみから逃げなくちゃ!」と正直思った。それが私にとっての緩和ケアなのかもしれない。しかし、こう思ったのと同時に、あらゆる苦しみから逃げるのは不可能である、ということも分かっていたように思う。
今、私は痛み止めを飲み、吐き気止めを飲み、ステロイドを飲み、たまに抗生剤を点滴されたり、大きい病院で検査を受け、訪問医療の医師に泣き言を言ったり、冗談を言ったり、夫に生活の世話をほとんどしてもらったり、ぐちを聞いてもらったり、涙を受け止めてもらったりして、病から逃げている。逃げても逃げても、やがて追いつかれることを知ってはいるけれど、自分から病の中に入っていこうとは決して思わない。

P111

本当は完治不能の病になってしまったことを受け入れられないし、そしてこの苦しみから今すぐ逃げてしまいたい。それで何が悪いと思います。
怖いものを怖いと言ってもいいし、堂々と逃げてもいい。
立派に「闘病」しなくてもいい、「逃病」だっていい。

先生に泣き言を言っても、ご主人に世話をしてもらっていても、涙を流していても、山本さんは日々変化する自分の体と心の状態を綴っていました。
そんな日々の中で、彼女はしっかり病気と向き合っていたんだと思います。

辛さや痛みを受け入れられない自分を受け入れ、そんな自分ができる最大限の方法で病気と付き合う。
そんな姿がかっこよくて、本当に素晴らしかった。

そんな素晴らしい作家さんがもうこの世にいないことは、本当に残念でなりません。
山本さん亡き今、彼女がこの世に残してくださったたくさんの作品たちを、私は精いっぱい愛していこうと思いました。

冒頭に紹介した『自転しながら公転する』の他にも、私の好きな作品を紹介します。この他にもおすすめの作品がありましたら、ぜひ教えていただけるとうれしいです^^


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