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【短編小説】鉄塔の町:デジャヴ

 僕はひどい頭痛の中、目覚めた。半開きの瞼からのぼやけた視界は、一面真っ白だった。
 記憶をたぐる。鉄塔、彼女と手を繋いだ感覚、避難民を載せたトラックが何十台も続いた。見送った長い車列、その荷台の中の虚ろな眼差し。
 それからファミレスとそこの不思議な店員。その彼は、彼女が注文するものを、全て先に言い当てた。食べきれないほどの量。僕は半ば無理やり食べさせられた。
 胃がはち切れそうになりながらこの町に戻って…、それから寿司屋に入ったところまではハッキリと覚えている。そして底なしに飲み続ける彼女の横顔、つられて僕も…。
 そう、この頭痛は二日酔い以外の何者でもない。後悔先に立たず。いや、昨日は、彼女との時間は幸せだった。あれを幸せと言わなければ何を幸せと言えるのか。
 その後の記憶は断片的だ。彼女に支えられて階段を上った…。彼女が誰かと話している声が聞こえた…。



 気だるさはあるけれど、身体には特に問題ない。辛いのは頭痛だけだ。僕は寄りかかっていた固くて白いものに手をついて立ち上がった。見上げると灯りが眩しくて目を細めた。ここは狭い部屋。見下ろすと便器。僕はトイレで便器を抱えて寝ていたらしい。
 まずやらなければならないことは決まっている。僕は吐瀉物で汚れた便器の掃除を始め、その後床も拭き上げ、最後にトイレットペーパーの端を三角に折ってトイレから出た。



 しんとしたリビングにはカーテンの隙間から日光が差し込んでいた。天井と壁は白のクロス、床のフローリングも白無垢だったが、同じ白色ではなく僅かに色調が違っていて、それでも調和が取れている。窓の近くには天井に届きそうな背の高い観葉植物。先端が丸みを帯びた大きな肉厚の葉はテラテラと光っていた。
 隣の寝室に静かに足を踏み入れた。仄かな匂い。彼女の匂いだった。ベッドには薄い上掛けにくるまって眠るその彼女。僅かに上下する上掛けに、聞こえない彼女の寝息を感じた。
 昨日の彼女と今この瞬間の彼女、記憶と現実が交錯して僕の胸は締め付けられた。なぜか彼女を見つめ続けられなくて、寝室を出た。



 キッチンでガラスのコップに水道水を注いで、一気に飲み干す。頭痛は少し和らいだ気がした。実際は彼女の寝顔を見たときから忘れていた。音が立たないように気をつけてコップを洗って、シンクの縁に後ろ手をついた。キッチンから続くリビングに何気なく目をやると、頭の隅で何か引っかるものがあった。デジャヴだろうか?

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