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大航海時代の到来。棄てられた農地が宝の山に

ウクライナといえば、その肥沃な土地が特徴である。過去には、この地を求めて20以上もの異なる国々の企業が競い合った時期があった。それはまるで貴重な宝石を見つけるような競争で、各企業はウクライナの豊かな農地を手に入れることを目指した。

具体的には、アメリカ、イギリス、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、セルビア、イスラエル、インドといった、世界の大企業が名を連ねていた。特に目立っていたのは欧米の企業で、彼らはウクライナの肥沃な農地に強い関心を示していた。

ウクライナの農地は、豊かな土壌と適度な気候により、さまざまな作物の栽培に最適である。その価値は世界中の企業に認識され、その結果、国境を越えた競争が生まれた。それはまさに国際的な「土地ラッシュ」で、各企業はウクライナの肥沃な農地を手に入れるべく、激しい競争を展開していた。

その外国企業の急増が目立ったのは、2007年から2008年の間に起こった世界的な食料危機の時期だった。この食料危機の背景には、オーストラリアという主要な食料生産地での深刻な干ばつと、トウモロコシなどの穀物を原料にしたバイオエタノール生産の急速な拡大があった。

オーストラリアの干ばつは、その国が世界の穀物供給の一部を担っていたため、その影響は全世界に広がり、穀物価格の高騰を引き起こした。また、バイオエタノールの生産が増えることで、穀物をエネルギー源として使用する需要が増え、これも穀物の価格を押し上げる一因となった。

このような状況下、外国企業はウクライナの肥沃な土地に目をつけ、その土地を求めて進出を始めた。食料危機によって明らかになったのは、食料供給の安定性が全世界の課題であるということだった。そのため、ウクライナの豊かな土地は、食料生産の拠点としての価値がさらに高まり、多くの企業がその獲得を競う事態となったのである。

この価格高騰が進行するとともに、全世界からの投機マネーが流入した。これにより、価格の上昇にはさらなる勢いがつき、結果として食料を手に入れることが困難となる国や地域が出現した。その結果、そうした場所では食料の不足が深刻化し、暴動や政権の転覆にまで発展した。

これらの悲劇的な出来事の背後には、単に現状の食料不足だけではなく、将来にわたる食料の安定供給への懸念があった。全世界の人口が増え続ける一方で、食料の生産量はそれに追いついていないという懸念から、食料の供給が将来的に追いつかなくなるのではないかという危機感が広がっていたのだ。

この危機感が、投資家たちの間で食料生産地への投資を促進し、さらに穀物の価格高騰に繋がった。一部の投資家たちは、食料生産地となる可能性のある土地の価値が上昇することを見越して投資を行い、その結果として価格高騰が進行し、食料危機が深刻化するという悪循環が生じたのである。

国連によると、人口増加の進行度を中程度と予想する中位推計では、2050年には全世界の人口が90億人を超えるとの試算が示されている。一方、近年のエネルギー需要の高まりに伴い、食料よりもバイオエタノールの生産に使用される穀物の量が増え続けているという事実が指摘されている。

バイオエタノールの生産拡大に伴い、食料として使用されていた穀物がエネルギー源として利用されるようになった。これは、全世界の人口が増え続ける中で、今後ますます深刻化する食料問題に新たな一面を加えることとなった。食料の供給をより困難なものにしている現在のこの状況は、世界的な食料問題の解決をより複雑な問題にしているのだ。

これらの情報を考慮すると、今後の食料供給に対する危機感は、人口増加だけでなく、エネルギー需要の高まりによるバイオエタノール生産拡大の影響も重要な要素となっていることが明らかになる。この2つの要素が組み合わさった結果、世界的な食料供給の問題が更に深刻化するという事態を招く可能性があるのだ。

地球温暖化、土壌汚染、そして水不足の進行。これらの環境問題は、食料生産量の減少をもたらす可能性があり、既に食料安全保障が不安定な現在の状況をさらに厳しいものとしている。このような状況下で、まだ手付かずの肥沃な農地を確保し、食料生産の基盤を築くことは、巨大な利益を生む可能性を秘めている。

こうした理由から、欧米の企業は世界中の農地を目指して競争を繰り広げている。彼らの行動は「ランドラッシュ」と呼ばれ、未利用の農地を獲得しようとする企業間の激しい競争を表している。

しかし、この競争は単なる利益追求だけではなく、食料生産の将来に関する深刻な問題意識から生まれている。これからの地球環境の変化を見越した上で、未来の食料生産源を確保すること。それがランドラッシュの目指すところなのだ。この行動は、食料問題の将来に対する深い危機感が、一部の企業による予防策として具現化したものと言えるだろう。

だが、果たして本当に食料が不足するという事態は現実的なのだろうか。農業の第一線で、経営者として働いてきた私自身、将来の食料需要と供給を予測することは非常に困難な課題だと感じている。それはなぜか。

その答えは、食料供給に影響を及ぼす要素が多岐に渡るからだ。気候変動、人口増加、経済状況、技術の進歩、政策の変化など、これらの要素は全てが複雑に絡み合って食料供給に影響を及ぼす。それぞれの要素は互いに影響を受け、そしてそれら全てが集まって食料供給の未来像を描く。

つまり、将来の食料需給を予測するというのは、この複雑なパズルを解くようなものだ。全ての要素がどのように影響を及ぼすか、どの要素が最も重要か、またそのバランスはどう変わるのか。これらは一筋縄では解くことができない問題だ。

対立する見解もまた、議論の世界には欠かせない存在である。客観的なデータや証拠を用いて、"我々はまだ世界の食糧危機に直面していない"と主張する声も多く存在する。しかし、ここで重要なのは、どちらの見解が正しいのかを明らかにすることではない。なぜなら、食料供給の危機を危惧する声が高まり、その結果として世界が動き始めている、という現実が既に存在するからだ。

これらの議論や争いの中でも、一つ確実なことは、食糧供給の問題は世界中の人々にとって、避けては通れない課題となっているということだ。その現実に立ち向かうために、多くの国や企業、個人が行動を開始している。そしてその行動の背景には、食糧がやがて不足するかもしれないという危機感が広がっているという事実があるのだ。

そして、このような危機感が大規模な潮流を引き起こすきっかけとなったのが、2008年の食糧危機である。それは人々に強烈な衝撃を与え、食糧供給の不確実性という課題を明確に示すこととなった。この危機は、多くの人々が食糧問題に対する危機感を抱くきっかけとなり、またその影響は、食糧供給の将来に対する見方を根本から揺さぶることとなったのだ。

では、なぜウクライナが大きな注目を集めるのだろうか。

その答えは、ウクライナの広大で肥沃な土壌と農地にある。これらは食料生産量の大規模な増加を可能にする潜在能力を持ち、ウクライナを世界でも稀有な、まだ開拓の余地が残された地域の一つとして位置づけているのだ。その結果、多くの国や企業がウクライナに目を向け、その有望な土地を利用しようという動きが活発化しているのである。

では、当時の北米やオーストラリアという、世界の主要な食料生産地の様子を見てみよう。

これらの地域では、豊富な農地が既に開発され、肥沃な土壌が大量の食料を生み出していた。だが、その一方で、「穀物メジャー」と呼ばれる大手の穀物商社が市場の大部分を占め、食料の流通を支配していた。これらの企業は、農産物の生産から流通、そして最終的な消費者への販売までを一手に握り、極めて強固な地位を築いていたのである。そのため、他の企業や国が参入する余地はほとんどなく、新たな食料生産地の開拓が必要とされていたのだ。

南米のブラジルなどでは、未だ開発が進まない農地も存在していた。しかしながら、外国企業による農地取得に対する規制を設けていた国もあった。このような規制も、資金力のある企業にとっては乗り越えられる障壁であったと言えるだろう。

ウクライナと同じく、ブラジルではその開発が環境へ与える影響が懸念されている。農地開発が進むと同時に、それに伴う環境問題が深刻化しているのだ。それは開発によって生み出される食料だけでなく、土地そのものがもたらす生態系のバランスをも揺るがせているのである。そのため、開発を進めることと環境保全を両立させることが求められているのだ。

一方で、未開発の農地が豊富に存在するアフリカも眼中に入れられている。だが、アフリカの地は課題を孕んでいる。流通システム、加工施設、保管設備など、農業を支えるインフラが整っておらず、その整備には莫大な投資が必要とされている。開発のための財源を捻出することは、開発を検討する企業にとって大きな難題となっている。その結果、開発計画が進むにつれて、その実現可能性とコストのバランスを常に評価しなければならない状況が続いているのだ。

さて、私たちの話をウクライナに戻すと、この国は他の地域と比べて独特な特性を持っていた。それは、生産性の高い豊かな土壌を有し、必要なインフラ - 道路や倉庫といったもの - が既に存在するにもかかわらず、大規模な農地が何者にも利用されず、放置されていたという事情である。この状況こそが、ウクライナにおける農地に対する執拗な狙い - いわゆるランドラッシュ - を引き起こす要因となったのである。

ウクライナという国には、大規模な農業の実績が存在している。かつてのソビエト連邦の時代には、コルホーズ(集団農場)やソホーズ(国営農場)において、大型機械を使用した大規模な農業が展開されていた。この農業は国内の食料需要を確実に満たしていたという背景があるのである。

それでも、ウクライナが1991年にソ連から独立を果たした後、その農業は構造的な落ち込みに見舞われた。その落ち込みの主な要因の一つは、農地の私有化がもたらした混乱にあった。

ソ連時代に国が全面的に支配していた農地は、ウクライナが独立した後、少しずつ私有化の道を歩んだ。かつて広大だった農場の土地は微細に分割され、各農民には数ヘクタールずつの土地が分け与えられた。

農地を手に入れた多くの人々は、初めのうちは、その新たに手に入れた土地で独力で農業に取り組もうとした。しかし、彼らに与えられた農地は細分化されており、規模は小さく、さらに農業機械を揃えるだけの経済的な余力も持ち合わせていなかった。

彼らはこれまで国の指導のもとで、きちんとしたプランに従い、決まった作業を繰り返すことに習慣化していた。しかし、一転して自立的な農業経営者となるべきとき、小さな農地で作物を育て、その収益で自分たちの生活を賄わなければならないという新たな生活形態は、巨大な課題として立ちはだかった。

自分たちで計画を立て、作物を選び、資金を調達し、市場に出荷するまでの一連の流れを理解し、行動に移すことは容易なことではなかった。彼らにとって、それは全く新たなスキルと経験を必要とする難題だったのである。

このような状況の中、ウクライナの農民たちはやむを得ず、自己経営の農業から手を引く道を選んだ。その結果、かつてはソ連全体に食糧を供給していたという壮大な歴史をもつ肥沃な農地が、今や、その多くが個々の農民の名義で存在しながらも、実質的には放置され、使用されずに残されているという悲しい現実に直面している。

現在でもウクライナの広大な土地を散策すると、かつての集団農場の面影を捉えることができる。大型コンバインや鉄骨で構成された散水機などの農業用具がそのままの形で放置され、錆びついて壊れ、使い物にならない状態となっている。また、穀物を保存していた倉庫も、壁が崩れ落ち、屋根も無くなり、いつの間にか荒れ果てた廃墟と化しているのだ。

地元の高齢者たちに話を聞くと、彼らはしみじみと語る。「かつてこの土地は広大な農園で、年々豊かな小麦やトウモロコシが生産されていた。今はその面影もなく、かつての活気が消え去ってしまった」と、ソビエト時代の集団農場の栄華を思い起こすのだ。

一方で、こうして放置された集団農場は、これから広い農地を確保して大規模な農業生産を始めようという外国企業にとっては、まさに宝の山だ。

高い生産性を誇る肥沃な土地が一連の広大なエリアとして存在し、加えて、保管施設や輸送ルートといった必要不可欠なインフラも既に整備されている。これは、安定した生産性を確保し、効率的な事業展開を可能にする有利な条件をそろえているのだ。

現状では、これらのインフラは老朽化が進み、脆弱である。しかし、それでも新たにゼロから開発するよりは、はるかに少ないコストでその改修を行い、農業生産に接続することが可能である。これは、コスト面での大きなメリットを提供しているのだ。

このような未開発の宝を探し出した外国企業は、互いに先を争って農地の確保に乗り出した。その結果、ウクライナの農地は奪い合われ、その過程で周囲の環境が激変した。また、無理な取水によって水資源が枯渇し、地元の産業構造を壊滅的に打撃を与える結果となったのだ。

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