居眠り猫と主治医 ⒓ セカンド猫 連載恋愛小説
キッチンは素通りしたので、ごはんはお預けかと、文乃はちょっとがっかりした。
半裸のままで始まってしまい、全部脱ぐより刺激が強くてたじろぐ。
それでも、文乃の体調を気にするのがデフォルトになっている祐は、ひたすら慎重だった、避妊も含めて。
逆立ちしても一番になれないと知っていたから、今まで言ったこともないセリフが口をついて出る。
「次は…先生の好きなようにして?」
祐の目の色が変わり、それだけで充分だと思った。
***
「自制心ぶち壊してどうする。自殺行為なんだけど」
「…限度ってものが」
あまりにだるくてベッドから出られず、グロッギー状態。
目をつぶっても浮遊感があって、余韻がいっこうに収まらない。
予期せぬ事態に脳が処理しきれず、オーバ-ヒートを起こしたらしい。
気遣って何度ものぞきこむしぐさに、ときめきが振りきれたことは言わないでおこう。
それでも笑みを浮かべていたみたいで、けげんな顔をされる。
「えー…と、獣医さんがケモノになったなって」
「うまいこと言ったつもり?」
***
髪をなでられていると、猫になった気分だ。
「先生は猫派?」
「イルカ」
海獣専門医を目指していたという。
「かいじゅー?」
「ゴジラじゃない」
優秀な人でも、思い通りにならないことはあるんだ。
もし彼が水族館専属だったとしたら、接点はゼロだろう。
数年にいちど行くか行かないかの場所だし、一介の客が飼育員や、まして獣医師とお近づきになれるとも思わない。
よかったー、というひとりごとを耳ざとく聞きとられ、またひとつ熱量の上がったキスが始まった。
思いがけない熱情、甘いしびれや残り香。
その日刻まれたのは、かたちのないものばかり。
術後の患者が気にかかると休日出勤する姿が、文乃には一番刺さった。
「院長はあてにならない」
ふだんは徹底して院長先生を立てているのに、本音はそれかと吹き出してしまった。
(つづく)
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