居眠り猫と主治医 ⒕投げやり猫 連載恋愛小説
「で、なにがいいですか。お礼」
話の内容はどうでもよく、この人の空気感が居心地良くてずっとしゃべっていたくなる。
「ふたりで会うとか?」
「えーサラ抜きはちょっと…。あ、うそです。いいですね、デート」
何をおごろうかなあと思案しているうちに、まぶたが待ったなしで重くなる。いい具合の肩が手近にあったから、文乃は安心して目を閉じた。
***
「ああー!患者さんに手え出すの御法度ですよ、夏目センセ。文乃ちゃん、激カワだけどもー」
里佳子の大声で目が覚めた。
「ハイ、ごめんなさいね。回収しますよー」
「絡まれてるだけですが」
「あーハイハイ。そーゆーことにしときましょ」
里佳子に抱きつきゴロゴロしているあいだ、背中に視線を感じた。
「来月バーベキューらしい。院長にうまい肉頼んどく」
「にく…?べつにいい。キョーミないです」
「いいから来ること。強制参加」
「きょうせい?」
「そう。わかった?」
かんで含めるように言われ、よくわからないままうなずく。
***
「いやいや、口説いとるやないかい!また会いたいんだってさ、確実に」
里佳子がすっとんきょうなことを言い、微妙な間ができた。
「それはナイです」
きっぱりと言いきる文乃に、祐と里佳子、ふたりの視線が集まる。
「こんなんにキョーミ持ってもらえるわけないし」
火がついたように泣きじゃくってしまった。
里佳子がヨシヨシとなぐさめてくれる。
「あーあー。残念だけど、印象サイアクみたいだよ?センセ」
いったい何をやらかしたのかと、彼女は無実の祐をしつこく尋問していた。
なにがなんでもバーベキュー大会に参加せねばならぬ、というナゾの強迫観念は、ここから来ていたのか。
そのあと、文乃は泣き疲れて寝落ちし、里佳子の車で家に送り届けてもらったのだった。
(つづく)
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