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居眠り猫と主治医 ㉗病み医者 連載恋愛小説

かみ合わない会話に疲れたのか、祐の言葉がそこで途切れた。
どことなく彼らしくない気がして様子をうかがうと、顔色が悪いし覇気がない。
「あの…体調大丈夫なんですか。クリニック大変だって里佳子さんが」
「大丈夫なわけないし」
いきなり失踪されて寝れるか、と吐き捨てる。

あれほど自己管理が行き届いている人なのだから、ここまで憔悴しょうすいするのはどう考えてもおかしい。
「…おかんボックスは?」
「作ってない。ひとりじゃ食べる気しない。なにも手につかない」

まるでメンタルをやられた守屋文乃そのもので、分身が現れたのかと錯覚する。
「文乃しか見えてない。頼むからそばにいて」

***

「かの子に会いに、お店に通ってるのに?」
言うつもりはなかったのに、口が勝手にしゃべっていた。
眉をひそめたあと、祐は軽く息を吐く。

「それ、訪問診療。定期の。かの子の会社とクリニック、契約してるから」
新たな情報が入ってきても、凝り固まった思い込みは簡単には振りほどけない。
「私といても、なんの得にもならないんじゃ…」
彼は額に手を当て、目を閉じた。
作り笑いをしなくて済む、素でいられる、離れるとストレスで気が狂いそうになる。淡々と列挙する。
「精神安定剤・兼睡眠導入剤。自律神経が整う」

「なんかあやしいサプリみたいになってますけど」
ちょっと可笑しくなってきた。
生命維持に不可欠だと、まだ小難しいことを言っている。

「つまり?」
「文乃なしじゃ生きてけないのは、オレのほう。ハイハイ、認めますよ」
「キレてる…かわいい」
祐は目を見開き、息を吸って何か言いかけ、空気だけ吐き出した。

***

「的外れだって訂正してくれていいんだけど。先生、私のこと好き?」
彼は今度こそ絶句したようだ。
永遠に続きそうな空白のあと、好きじゃない、とひとこと。
そこまではっきり言わなくても…

「もっと重い。愛のほう」
文乃は立ち上がって握手を求めた。
「わかりました。明日お宅に伺います。それでよろしいですか」
「ご理解いただけたようで、幸いです」
仰々ぎょうぎょうしくお辞儀をして、顔を見合わせる。
握った手をグイッと引くから、文乃はよろめいた。

体を支えてくれた祐が身を屈め、顔を近づけてくる。
ゆっくりとまぶたを下ろしかけた彼は、そこで動きを止めた。
「今ちゅーしたら、最後までいく」
口を開けたら吐く、と同じトーンで言われた。

(つづく)

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