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居眠り猫と主治医 ⒒獣医の休息 連載恋愛小説

迎えにいくと言われ困惑していると、本当に駅前に現れた。
数時間前に会ったばかりなのに、今日の彼は変だ。
途中下車した駅で勝手がわからず、文乃は所在なく待っていた。
合流できたときはほっとして、ご主人様を見つけたわんこのごとく駆け寄ってしまった。

「仕事は?終わった?」と祐。
早番じゃなければ、今頃、授業真っ最中だった。
「疲れてますよね?大丈夫ですか」
車のハンドルにもたれたあと、祐は文乃の髪に指を通す。
「この前、中途半端にさわったから、飢餓感すごい」
「え…起きてた?」
半分寝てはいたが、感触はしっかり残っていたらしい。

「こんないい匂いのやわらかい動物、ほかにいないから」
「普段もふもふしまくってるくせに」
「獣医が猫吸いしたら引くだろ」
声をあげて笑ってしまった。
猫のお腹に顔をうずめる絵面えづらがシュールすぎて。

目が合って片手で引き寄せられ、唇を合わせる。
軽く音を立てて、何度かついばむ。
注射や検査で痛いことをして、動物から嫌われがちのお医者さん。
「よく考えたら、報われないお仕事だ」
「永遠の片思いですよ」
そんな形容をする彼に、きゅんとした。

「でも大丈夫。ほんとはみんなわかってるし、伝わってる。先生のこと慕ってます」
その証拠に、彼の手にかかれば、たいていの患者はおとなしくなり、少しのあいだ、いい子で我慢ができる。処置が手早いのも関係があるのだろう。

***

「サラも?」
「んー、わかんないけど、すくなくとも飼い主は」
お慕いしています、という表現は奥ゆかしくてすてきだ。

今夜の一連の言動は過剰に分泌されたアドレナリンのせいで、特別に強く求められているわけではない。
熱いキスのさなか、頭の片隅で文乃はどこか冷めていた。

唇の端に残った唾液を祐がなめとり、文乃は焦点を合わせた。
車内の空気が薄くなった気がした。
「ここでいい?」
「へ?な、なにが」
はじけたように離れたら、彼は笑いをこらえている。
あまりにたやすくかつがれてしまった。

(つづく)

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