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居眠り猫と主治医 ⒏猫の抱き枕 連載恋愛小説 

だしぬけに腕が伸びてきて、文乃の額に手のひらを押しあてる。
「気分は?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
信用はまったくないらしい。
祐はじっと顔を見つめたまま、手首を探り、脈を取る。
その行動のほうが、大丈夫じゃないんですが。

「体温測りますねー、とか事前にないんですか。いっつもいきなり…」
「仕事でもないのに、なんで」
改める気はないらしい。

***

薄々感じてはいたが、やはり彼は寝起きが悪い。
リビングのソファで寝ていたのに、夜中にトイレに起きたあと当たり前のように自分のベッドに戻ってきた。

文乃はとっさに壁ぎわに身を寄せ構えたが、ぶつかることなく彼はばたりと倒れこむ。まさかの動物の勘かと笑いがもれそうになり、文乃は両手で口もとを覆った。

子供みたいでかわいいなあと、祐の頭をなでてみる。
絶対に気づかれない自信があったので、思う存分寝顔を拝み、ついでに鼻筋も指でなぞる。
寝息を聞きながら、そっと寄り添って目を閉じる。
ひとりだと寝つけない日も多いのに、あっさりと記憶がなくなった。

***

朝方、寝苦しさを覚えて薄目を開けると、文乃は抱き枕にされていた。
長い手足が体に巻きつき、すっぽりと包まれている。
知恵の輪みたいにどこかに抜け道はないかとゴソゴソしていると、頭を押えられた。次の瞬間、唇がふれあい吸いつかれる。

文乃が呆然としている一方、祐に覚醒している気配はない。
必死になって、両手で顔を押しのけた。
「ちょ…おきて、先生。まちがってる」
んー、とうなったきり、動かなくなった。

***

何ごともなかったかのようにすまし顔でコーヒーを飲む文乃を、祐が眠たげに目を凝らして見ている。
「…何かした?ゆうべ」
「いえ。いっさい」
「あ…そう」

しかし、異性として認識すらしていない相手に、寝ぼけてキスとは。
「器用ですね…」
「ん?」
「あ、オムレツのことです。なめらかでキレイ」

なんなら胸も揉みましたけど、この人。
服の上からだけでは飽き足らず、素肌に直接、匠の手つきで。
それもいっさい覚えていないだろうから、なかったことにしておく。
「ちなみに、私の名前知ってます?」
起き抜けの反応の鈍さを知る人はかぎられているだろうから、文乃はしげしげと見入ってしまう。

「あー、守屋ソラ…いやサラか」
愛鳥の名はばっちり把握してくれていた。さすがのかかりつけ獣医である。
「サラママの文乃です。覚えてください」

(つづく)

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