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Re:逃走癖女神 ㉓新しいうた 連載恋愛小説

「ここはそこ」 椎葉 都 

きみとぼくは ここにはいない

耳を澄ませば その声が
目を閉じれば その笑顔が
香りや体温や まとう空気が 
ここにある気がするけれど

みるみるうちに うすっぺらく 
ゆらりゆがんで
しゅわしゅわはじけ 宙へ溶ける

あの日 
ぶつけたことば ほどいた指
なんども ゴシゴシ消そうとするけれど
ずっとこの奥に じっとおひるね

もう会えなくても ふれられなくても
ぼくは 大事なものを だいじにする

だから 漂っていてよ
そっとそこに

椎葉都 最新詩集「炭酸刺繍」より

***

朝、ふたりでゴロゴロしていると、インターホンが鳴った。
「オイ、園田。ウチはラブホじゃねんだわ」
ごぶさたしています、としれっと挨拶する朔久さくは肝がわっている。
「都さんがここにいること教えてくださって、ありがとうございました」
「たった今、後悔しとるとこだ」

さすが別荘族のお嬢様。
軽く殺気立ってはいるものの、バゲットを小脇に抱える姿はサマになっていた。
「紗英さん、パリジェンヌかと思ったー。たまには私が持ち上げてみた」
トリセツの流出を察知し、紗英は朔久をにらみつける。
「誤解です。シゲさんでは?」

***

バゲットを突然放り投げ「例のあれ、作ってみな」と紗英は命じる。
朔久は、は、と短く応じ、テキパキ動きだした。
「都に本気なら、好物のひとつやふたつ作れんことには話にならん」
頑固オヤジばりに、仁王立ちになる紗英。

甘い香りが漂ってきて、都はうさぎみたいに鼻をひくつかせた。
「うそ。紗英さんのフレンチトースト?おんなじー」
同じなわけあるか、とキレながら、紗英も試食する。
とろふわの、至福の舌ざわり。
隠し味にオレンジジュースを使っているらしく、チョコとの相性がたまらない。心を解きほぐす、オトナのやさしい甘さ。

(つづく)
▷次回、最終話「女神の未来」の巻。


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