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【人生最期の食事を求めて】讃岐にも稲庭にも博多にもない麺の躍動と絶妙。

2023年11月23日(木・勤労感謝の日)
踊るうどん梅田店(大阪府大阪市北区梅田)

私の食に関する偏愛論からすれば、うどんは蕎麦よりも優先度は低い。
否、厳密に言えば低かったというほうが正しい。

確かに、うどん文化は、すでに江戸時代に庶民の代表的な食事のひとつとして定着したという。
現在では、いわゆる“うどん県”として名を馳せる香川県を筆頭に、ご当地うどんという食文化は確実に根を張ってきたと言える。

やがて全国チェーンのうどん店が津々浦々に浸透し、讃岐うどんはうどんの代表格として確立した感がある。
さらに、秋田の稲庭うどんはその光沢と高品位な佇まいからワンランク上のうどんとしてのブランディングに成功したのではなかろうか。

福岡の博多うどんはどうかと言えば、独特の柔和性と庶民性によって圧倒的な支持を得ている。

大阪のそれは、他のエリアと切磋琢磨と微細な差別化による生存戦略によって400年という歴史を歩み続けてきた。

その微細な差別化とは、どうやらかつおや昆布の出汁に主眼を置き、麺のコシというよりも程よい柔らかさと喉越しの良さに力を注いでいる点にある。

梅田界隈の午前中は春というよりも初夏のような陽気に包まれていて、その陽気に誘われてはしゃぐ人々が歩道を闊歩するかと思えば、阪神タイガースのユニフォームを着用したファンが彼方此方で喜色を浮かべながらそぞろ歩いていた。

それを横目にしながら歩き続けた。
午後からの案件に向けてやり残していることは昼食ぐらいだった。

まさに昼時を迎えようとしている曽根崎お初天神通り商店街を何気なく歩いても、これと言って惹かれる店に出逢うことはなかった。
土地勘が薄いエリアゆえにあまり徘徊しすぎるばかりに時間が奪われることは本位ではない。

踵を返して大阪駅第3ビルに向かった。
地下1階を覗いた。
そこにはテナントの案内板や昭和の雰囲気が随所に漂い、その広々とした空間に飲食店街が連なっている。
営業している店はすでに多くの客で賑わっていたり、その中には並んでいる店もある。
とりあえず1周してみたが、徒に時間だけが過ぎゆくことは避けなければならない。

そこに行列を成すうどん店を見つけた。
「踊るうどん」というどことなく食欲が高鳴る店名だった。
10人程の列も男性スタッフの誘導によって目減りしてゆく。
他の店に行くよりもこの店で待つほうが賢明だと感じた私は、すぐに最後尾に付いた。
すると男性スタッフからメニューを渡された。
時間短縮の方法としては正しい戦術である。
私の選択肢は紛う方なく「肉まいたけ天ぶっかけ」(1,000円)と「おにぎり」(100円)である。
それを告げるとすぐさま店内に誘導された。

踊るうどん梅田店

かなり混み合った店内だけに、
「相席でお願いいたします」と女性スタッフの言葉に従わざるを得ない。
ほぼ待つことなく注文の品々が現れた。

存在感を誇示した大きな丼の中に浮かぶ牛肉とまいたけの天ぷら、その下に横たわるうどんの光輝。
俯瞰で望むその光景は、あたかも名刹の研ぎ澄まされた枯山水のようだ。
それは、箸を入れることさえ拒まれそうな凛然とした沈黙を宿していた。
店内に麺を啜る音が谺しているように聞こえた。
私もそこに参じるようにネギと生姜、そして汁を静かに投入した。
食する前から風味豊かな舞茸の薫りが鼻先でたゆたう。
しかも食するとその薫りは倍増でもするかのように広げた。
そして、麺に箸を伸ばした。
その艶やかさは一見どこのご当地のそれとは変わらないように見える。
ところが噛み始めると程よい柔らかさで出迎え、かと思うと麺の真で程よい硬さが待機していた。
その隙を縫うように出汁の効いた汁の薫りが鮮やかに駆け抜けた。
私の中でうどんの新たな価値が再構築していくような軽妙な衝撃が走った。
軽妙な衝撃とは、革命ほどでないとしても個人の中の小さな歴史的転回のようなことを意味すると言っておきたい。

肉まいたけ天ぶっかけ(1,000円)・おにぎり(100円)

牛肉の甘みとともにおにぎりをかじった。
その小休止は、うどんを一気呵成に吸い上げることを拒絶する、小さいが偉大な武器となる。
深みのあるうどんのおにぎりを相互に楽しむうちに、すべては空に帰っていった。

とまれかくまれ、大阪うどんの何かに触れたような気がした。
しかし、まだまだ未知なるうどんの奥義が日本以西には眠っている。

いつとも知れぬうどんの再探訪の日を夢見て混雑する店を抜け出し、再び初夏のような日差しが降り注ぐ大阪駅第3ビル界隈を抜け出した。……

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