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セルフ・ロックダウン〜ロードバイク転倒小話【第2話】

2020年某月某日
さらに言ってしまえば、ゴールデンウィークの初日の土曜日の重苦しい雲行きが漂う朝、ロードバイク転倒によって、私の体はもはや自由を失っていた。

熱を帯び、時として全身を覆う左脇腹の痛みに耐えながら服を着替えた。
この痛みは放置すれば治る、というレベルではないことは否応もなく自覚した。
が、体以外に目の届く物はさほどダメージはないようだ。
ダウンジャケットの肘の部分が擦り切れていたが、それ以外の外見的損傷はないように思われる。
スマートフォンも無事であり、左の手首に巻くスマートウォッチも正常に動いていた。
ともあれ、病院へ急いで行かなければならない。
この痛みを携えたまま、日曜日、外出自粛のゴールデンウィークに突入することだけは避けなねればならぬ。

病院までは徒歩15分と検索表示されていたが、
この状態で歩けば20分はかかるであろう。
タクシーを呼ぶにも、「緊急事態宣言」下の街中では、おそらく捕まらないのではあるまいか?
刻々と着実に時間が過ぎていく。
主要な幹線道路にもタクシーの姿はない。
もちろん人の気配さえない。
もう歩くしかないと、意を決して病院への近道を選んだ。

歩みを進める度ごとに波打つような痛みが絡むように押し寄せては、病院への焦燥感を駆り立てる。
左脇を支えるように左手をそっと添えて、気持ちだけでも急いだ。
上半身に時折走る激烈な痛みで意識が朦朧としてきた。
慌てようにも慌てようがない。
病院の姿が現れた。近くにあるようで遥か彼方の存在に感じられた。
もう少しだ、と思わず自分に言い聞かせるように声を発した。
時計で時間を確認しようとしても、手を上げることができなかった。
代わりに右手でスマートフォンの時計表示を確認すると、11時40分を刻もうとしていた。
その病院の受付2階にあった。
痛みを回避するために階段ではなくエレベーターを使用した。
病院内は、それなりに人が多く賑わっているように感じられた。
感染リスクという意識は、左脇腹の痛みが即座に打ち消した。
無事に受付を済ませたことで、受診できるという安堵感に満ち溢れてくる。
しかし病院の待合の椅子に座るだけでも、それは困難な動作と鈍痛に支配され続けた。
苦痛は時を長くする。
すると、診察室から看護師が私の名前を呼ぶのが聞こえた。
ゆっくりと腰を上げ、診察室に向かうと、靴を脱がなければならない診療スタイルであった。
ゆっくりと膝を曲げ、鈍痛と戦いながら靴を脱いだ。
診察室に入るや否や、表情に豊かさのない医師と事務的な看護師が待ち構えていた。
いずれにしても、上半身を襲う鈍痛は思考の余裕を奪っていた。
表情に豊かさのない医師に、ロードバイク転倒による左脇腹の痛みを告げると即座にレントゲン室を案内された。
診察室からレントゲン室への道程もまた長く険しかった。
レントゲン室に入ると、技師から着替えの指示を受けた。
上着はジップアップのパーカーゆえに容易く脱げるはずが、左肩を動かすや否や激烈な痛みが走った。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
レントゲン技師の手慣れた声音が妙に優しく感じられた。
さらなる関門は、下着である。
前屈みになることへの反発がすべて痛みとなって、その動作を阻むのだ。
恐る恐る右手でスウェットをずり下げ、着替えの短パンに足を差し入れた。
何もかもがスローモーションの動作しかできないことに歯痒さを覚えた。

レントゲン撮影は滞りなく完了し、再び診察室に入った。
表情に豊かさのない医師は、慣れた口調で
「左脇の肋骨2本が折れてますね」
と告げると、事務的な看護師が胸元を固定するバンドを巻きつけた。
「4週間ほどで痛みが消えると思いますので、それまでバンドで固定しておいてください」
それ以上の治療はないようだ。
つまり、骨折といっても肋骨の場合の治療は自然治癒ということなのだ。
雪国の雑草のように雪が溶ければ生えてくるようなものか、と不意に思った。
すべて終わろうとしていた時、私の中で切迫した衝動が走った。
以前から悩まされていた腰痛、より具体的に言えば坐骨神経の痛み、股関節から足首まで痺れる悩ましいほどの苦しみを、まるで懺悔する宗教徒のように医師に相談した。
「では、来週MRI検査」しましょう。
表情に豊かさのない医師から、淀みなく告げられてこの日の診察を終えた。

不思議なもので、バンド1枚で劇的に痛みが緩和されたような錯覚が起こった。
だが、ひとたび屈んだ途端に激烈な痛みが次々と襲いかかってくる。
大仰に言えば、それは世界を一瞬でも転覆するかのような激痛の襲来なのだ。
この痛みは、肋骨骨折経験者ならその不快な思い出を回想することができるであろう。
“女学生は鉛筆が転がっただけで笑う”という古めかしい格言があったが、
咳払いをしただけで痛いが襲う、という状況は表現においては類似性はないものの、
妙に相性が合うような表現ではなかろうか、と一人納得しながら、重い足取りで帰路を辿った。
国内は外出自粛で硬直化しているが、私は上半身は肋骨骨折によって硬直してしまった。
ロードバイク転倒による身体的粛清による不要不急の外出不可能、つまりセルフ・ロックダウンに突入したのだ。
(続く)

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