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アメリカ育ちの子どもが、日本へ行って困ったこと

わたしはアメリカに住んでいます。

先日、今年の夏休みに日本へ帰ることを決めました。その足でチケットを購入。日本へ帰ったら、誰に会って、なにをして、とあれこれ想像を膨らませています。

昨年の夏休みにも、家族で日本へ帰りました。コロナ後初めての帰国で、実に4年ぶりでした。

久しぶりの日本では、子どもたちを連れていろんなところへ行きました。子どもたちにとっては、物心ついてから初めての日本です。見て、聞いて、食べて、触れて、感じて、五感をフル稼働して日本を体験してもらいたかったのです。

日本での滞在は、実に快適でした。どこへ行くにも便利な公共交通機関、どこで食べてもハズレのない美味しい食べ物、言葉はもちろんまったく問題ないし、人々は丁寧に対応してくれる。ちょっと耐え難い暑さだったのは特筆に値しますが、それはアメリカも似たようなものです。

ですが、この日本滞在の中で、どうしても困ることが一つだけありました。

それは、トイレです。

日本が世界に誇る、心地よさを追求した温水洗浄便座(「ウォシュレット」といままで呼んでいましたが、これはTOTOの商品名なんですね)。ウィーンと勝手に蓋が開いて、プシューっと勝手に便器を洗浄し、立ち上がったら勝手に水が流れ、どこにも触らずにトイレを出ることができる、アレです。

TOTOのホームページより

これの何が問題なのかというと、娘がこのトイレを怖がり、用が足せないということが起こったのです。なにも触ってないのに勝手に動くトイレ。座ったら水が吹き出してくるのではないか。なんならそのまま呑み込まれるんじゃないか。4歳児には恐怖に映ったようです。

アメリカでは、このタイプのトイレは見たことがありません。探せばあるかもしれませんが、普通ありません。少なくとも、我が家の子どもたちは使ったことがない。

日本では、空港や駅、レストラン、ホテルなど、どこへ行っても温水洗浄便座です。実家のトイレも、いつの間にかウォシュレットに変わっていました。

おしっこがしたくてモジモジしているのに、このトイレじゃできないと泣き出す娘。おうちに帰りたいとまで言う始末です。トイレのために、アメリカまで帰るの?それはちょっと遠い。

操作パネルに電源ボタンがあったり、コンセントがすぐそばにある場合は、電源をオフにするか、コンセントを引っこ抜いて、トイレから魂を抜いてから使わせていました(使用後に元に戻しました)。

でも、場所によっては、使用者が電源を操作できないようになっています。東京で滞在したホテルでも、部屋ごとに電源を触れないつくりになっていて、それはとても困りました。夜中のトイレで、娘が毎回泣くのです。おしっこがしたいけど、したくない、といって。夜中の眠いときは、特に音に敏感なこともあって、娘の抵抗はひときわでした。

また、東京見物で、うだるような暑さの中、とある有名なお寺を散策していたとき。娘がトイレに行きたいと言い出したので、建物の裏手にある地下のトイレに入りました。見るからに古そうなトイレだし、ここならきっと旧式の便座があるに違いない。娘と一緒に期待して入ったら、まさかの全ウォシュレット。まじですか。

しかも、緑の多い境内の地下トイレは、ちょっとサイズの大きな虫があちこちにいて、虫嫌いな娘はもうパニック。でも、ここで用を足さず、最悪漏れたりしたら後が困る。瞬間的に先回りして考えたわたしは、これが人食いトイレではないことを必死の形相で説き、虫が娘に近寄らないように目を光らせ、なんとか事なきを得ました。

暑い最中にこれが繰り返されると、さすがのわたしもしんどい。

というか、なんでどこもかしこも自動トイレになってしまったのか。温水洗浄便座ではないトイレを使う権利は、この国では消滅してしまったのでしょうか。和式トイレはどこいった?

日本滞在中、わたしの祖父母の古い家にも行きました。祖父母はもう亡くなっていますが、家は残って両親が維持しています。祖父母の家は、イノシシが出て困るような山の中で、とても不便なところにあります。でも、近くの海は水が透き通っていて、空が広くて、人が自然の中に住まわせてもらっているような感覚になる場所です。

こんな山の中の家でも、最近両親が改装して、ウォシュレットが完備されました。わたしたちの滞在中は、電源を引っこ抜いておきましたけどね。

ある日、海辺まで行って釣りをしました。父がいいところを見せようと、子どもたちのために竿やら餌やらを用意して、防波堤から糸を垂らしましたが、全然引きがありません。少し離れたところでは、地元の子どもでしょう、真っ黒に日焼けした子どもたちが、防波堤からどぼーん、どぼーんと海に飛び込んでいました。

唐突に、娘がトイレに行きたいと言い出しました。「え、この辺にトイレなんてあるのかな?」とあたりを見回しました。父が、この先に漁業組合の事務所があるから、そこで借りておいでと言います。のどかなところです。

娘とてくてく歩いて向かった、漁業組合の事務所。玄関のドアは開け放たれていて、中はシーンとしています。受付に人がいて、事情を説明して、トイレを貸してくださいとお願いしました。

昔ながらの古い建物です。トイレには、小さな正方形のタイルが敷き詰められていて、すのこの先には、草履が何足かきちんとこちら側を向いて並べられています。かつての学校のトイレを思い出させます。

個室のドアを開けて、わたしは一瞬言葉を失いました。

和式トイレ!こんなところに隠れていたのね!

娘は、生まれて初めて見る和式トイレを真顔で見つめながらも、全く音のしない、チーンと静寂を保った便器に、すぐ心を許しました。動く気配が全くない。コイツはいいやつだ。高窓からは、セミの声と波の音が聞こえます。

娘に使い方を教え、もっと前とか、もうちょっと後ろなどと立ち位置を調整して、無事ことが済みました。このとき、日本に来て初めて、親子の心が一ミリも乱れないトイレを経験できました。和式トイレ、バンザイ。

それから、アメリカに戻り、しまじろうの本を読んでいたら、娘が和式トイレが描かれたページを見つけました。

「ワタシの好きなやつ!」

娘は、親しみを込めて和式トイレのページを眺めます。日本の子どもは普通逆なんだけどね。でも、よく調べたら、娘のように和式の方が好きな子もいるのかもしれないな、と思いました。

いずれにしても、今年の帰国時には、トイレ問題が再浮上しないことを、わたしは密かに願っています。


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20日目です。まだまだこれから。

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