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着ぐるみの事情

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中の人事情を書きます。フィクションだよ。
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着ぐるみの事情                     ⑱アクション

着ぐるみの事情                     ⑱アクション

ハイエースは淡路島から事務所に到着した。帰ってきたメンバーは事務所に一度立ち寄り、次の現場の予定を聞く。スタッフはそのままぶつをどこかに返しに行った。

私の次の現場は、「マルレンジャー」つまりアクションショーだと告げられた。ついに公園で練習した右殴りや、前蹴りをする時がきたのだ。今日一緒だった先輩たちは誰もいないらしい…。

「美少女ムーン」や「正義パン」のショーを「メルヘンショー」と呼び、5人

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着ぐるみの事情              ⑰ショー終了

着ぐるみの事情              ⑰ショー終了

2回目は心なしか、不安よりも楽しさが勝った。できたかどうかはわからないが、自分なりにやりたいことはできたという感じだった。ストイックに完璧にしたかったはずだが、そんなことよりめっちゃ楽しい!と思った。絶対ずっとやりたい!と思った。ショーが終わったのが残念だった。

難関の握手会と撮影会が終わり、MCの合図で会場のこどもたちが「バイバーイ!」と名残惜しそうに大きな声で言ってくれた。テントにハケた先輩

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着ぐるみの事情                 ⑯昼食後

着ぐるみの事情                 ⑯昼食後

お昼ごはんはお弁当が出る。司会のおねえさんとスタッフがショッピングセンター内で買ってくる。数種類ある時は先輩から好きなものを選ぶ。後輩はお茶を配る。当時は大きなサイズのペットボトルだったので、紙コップに注ぎ、先輩に配るのが後輩の役目だった。

テントの中でお弁当を食べながら、何で青春に来たん?とか、どこに住んでるん?とか、先輩の質問攻めにあう。全然完璧にできてない私にそんなに聞かないでくださいよ…

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着ぐるみの事情              ⑮ダメ出し

着ぐるみの事情              ⑮ダメ出し

全てが終わり、BGMも止まり客席はガランとした。まずはおしゃべりの前に着替えるのが鉄則だ。テント内で女性が着替えるために男性には10分程外に出ておいてもらう。私はさっさと着替え、テント前で見張りをした。

「このは、もういいよって言って。」ムーン役のキリン先輩が言った。この瞬間から呼び捨てになった。青春の先輩は後輩を呼ぶ時、あだ名か呼び捨てだった。ちょっとだけ認められたようでうれしくなった。

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着ぐるみの事情              ⑭ヒロインの手伝い

着ぐるみの事情              ⑭ヒロインの手伝い

「何をしたらいいですか?」とまだ緊迫感がただようテント内で私は焦って先輩に聞いた。「ステージの前に立ってこどもが階段上るのを手伝って」と言われた。

スタッフが「もうOK?」と美少女3人を確認しに来てMCに伝え、MCの「もう一度みんなで呼ぶよ!せーの!美少女ムーン!」の声で写真撮影&握手会が始まった。

とりあえずステージ前で待機していた私に先輩とスタッフが指示する。「上手(かみて)の階段でこども

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着ぐるみの事情              ⑬開演

着ぐるみの事情              ⑬開演

「みなさーん!こーんにーちはー!」MC(司会のおねえさん)が満を持して登場する。言われた会場のこどもたちと大人たちはとりあえず「こんにちはー!」と返す。だが、優しそうなMCは実は厳しい。「あれ?ぜーんぜん元気が足りないよ!もう一度みんなで!こーんにーちは!」と納得いくまで野球のコーチのように声出しをさせ、はやくキャラクターを見たい観客を焦らし、あおる。

MCは、明るい声で素敵な笑顔を振りまき、抜

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着ぐるみの事情              ⑫30分前

着ぐるみの事情              ⑫30分前

1回目のショーは11時からだ。9時45分頃に通しを終え、私たちはステージ上を片付けた。10時になりお店がオープンした。オープンと同時に走ってきたお客さんがいくつかのパイプイスにタオルや上着を置き、席をキープした。私たちはテントの中で、出ハケの時のテントをまくり上げる係を誰がするかなどの確認をしたり、トイレに行ったり、余裕のある先輩たちは、ほんのちょっとだけ雑貨屋さんをのぞいたりして本番までの時間を

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着ぐるみの事情              ⑪ぶつをかぶる

着ぐるみの事情              ⑪ぶつをかぶる

ぶつチェックを終えると、「かぶってみ。」と言われた。もちろん女の悪者の面をだ。他のかわいらしい面を選べる訳もない。両手で面を持ってそっと頭を入れてみる。あごの部分のマジックテープを留める。「面の目とか鼻とか絶対に触んなよ。」とすかさず言われる。悪者の目から外が見えるが真正面は微妙に見えない。「動いてみて。」と言われ、どう動くか一瞬考えたが、ここはもちろん「オーッホッホッホッホ!」をしてみた。

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着ぐるみの事情              ⑩あやしい名前

着ぐるみの事情              ⑩あやしい名前

ショーテープを何度か回し、「この時は私が先に出るわ。」とか「ペンギン君、舞台降りる?」などとさらに良くなるようにみんなで細かい打ち合わせをしながら車は進み、神戸港に着いた。フェリーに乗り海を渡る。楽しい旅公演だが、私だけはキャラショーがどんなものか知らないままで今から始まる未知の世界に不安でいっぱいだった。

フェリーが淡路島に到着したら休憩する間もなく、車で移動してショッピングセンターへ向かう。

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着ぐるみの事情              ⑨ハイエース

着ぐるみの事情              ⑨ハイエース

初めてのショーの初めてのセリフ「オーッホッホッホッホ!」を何度も何度も頭の中でくりかえし、左手を腰に当て右手を口元に持ってくるしぐさを練習をした。みんなで練習する時はいくら下手くそでも私のシーンばかりをやってもらえる訳ではない。まずは流れを止めないように、登場からしくじらないように、「オーッホッホッホッホ!」の演技が最重要だった。

本番の前日、夜9時頃に練習を終えた。明日の朝一番のフェリーに間に

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着ぐるみの事情           ⑧赤毛の美少女

着ぐるみの事情           ⑧赤毛の美少女

先輩を見ながらラジカセ係をしていると、ふいに「このはさん、出て」と言われた。女の悪者の登場シーンになっていた。

自分の番が来たら初めてだろうが、覚えていなかろうが、何とかして動く。この時点でセリフにはぴったり合っていなくても怒られはしない。とりあえず!進めていくのだ。その繰り返しでみんなでショー全体の流れを把握し、最終的にセリフも出番順も覚え、テープのセリフにぴったり合うようにする。

私は棒立

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着ぐるみの事情           ⑦出演が決まる

着ぐるみの事情           ⑦出演が決まる

練習の日が来た。今日もパインはいた。私たちはついにデビューの演目を告げられた。「このは、美少女ムーン。淡路島のショッピングセンター。」社長が言った。「パインは美少女ムーン。北陸。」同じ「美少女ムーン」でも2班で稼働するらしい。演目が決定したらアクションの練習はさておき、さっそく台本を回し読みして、カセットテープのセリフを聞きこまなければならない。

ショーのための台本と、カセットテープは班で一つず

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着ぐるみの事情           ⑥キャラクターショー

着ぐるみの事情           ⑥キャラクターショー

初日の練習を終え、アクションの練習がどういうものなのかはわかったが、練習では着ぐるみを着ないのか?そもそも着ぐるみはどこにあんねん…と思っていた。

青春の事務所内に着ぐるみは置いていないし、このパンチ、じゃなくて右殴りは何と言うアニメのショーで使うんやろうか…と思っているうちに2回目の練習日になった。

初日に「練習行こうか」と声をかけてく

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着ぐるみの事情           ⑤もっとキック

着ぐるみの事情           ⑤もっとキック

左殴りは右利きの私にとってさらに難しくなった。殴るどころではない。順番通りにグーにした手を出すことしかできない。その上かまえの腕も反対になる。もうわちゃわちゃパニックである。

左殴りもわからないまま10回終えると、次は「フック」だ。かっこ悪くてもただ単に真似するだけなら簡単な部類に入るだろう。でも気を抜くと「やった後のかまえ!」と言われる。これも右は理解できるが左は初めての動きに腕と頭がついてい

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