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入選作は二作品に決定!「カッパ・ツー」第三期|応募作者インタビュー&最終選考〈選考委員〉石持浅海×東川篤哉

左・石持浅海氏、右・東川篤哉氏 (撮影/前 千菜美)
二〇二二年十二月四日 光文社会議室にて収録
※写真は七月の選考対談のものです

「ジャーロ」84号掲載の記事にてレポートしたように、「カッパ・ツー」第三期の選考が行われた。(84号掲載記事はこちら↓)

 しかし、候補作三作中、石持浅海、東川篤哉の両選考委員が推す作品が分かれ、白熱する議論のなか、どちらを入選作とするか決定するには至らなかった。そこで選考を持ち越しとし、両選考委員が二作品の議論となった点について作者の意図を直接聞き、修正が可能かどうかの検討をしたうえで、再度選考することとなった。

 本格ミステリーの新人を発掘・育成することを目的とする「カッパ・ツー」ならではの方策である。

 最終候補作は以下の二作。

 石持氏が推す信国敦子氏『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』は、ヴェノムという謎の人物が「ラジオマーダー」と題されたラジオの配信番組のなかで殺人を実況していく連続事件に、新米の探偵が挑む長編。

 東川氏が推す真門浩平氏『麻坂家の双子喧嘩』は、「探偵団」を結成した小学生の麻坂兄弟とその仲間たちが、学校や身の回りでおきる不可思議な事件を解決する連作短編。

(※質疑応答はリモートで行われました。また、各作品の根幹に触れる部分は掲載していません)

『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』について

ジャーロ(以下G) では、よろしくお願いいたします。信国さん、前回の記事はお読みになりましたか?

信国敦子 もちろん読みました。

 記事ではネタバレになる部分を掲載していなかったので、すべての議論を掲載できたわけではありませんが、問題点についてはある程度お感じになられたと思います。
 まず最初に、信国さんが『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』を書いたきっかけを伺いたいと思います。

信国 この作品は、インターネットラジオが好きだったので、それを舞台として使いたいという単純な動機からスタートしました。
 そこからラジオの音声をどんな風に使えば本格ミステリーの主題になるか考え、展開を選択していって、最終的にラジオマーダーに対するラジオディテクティブという存在を作って、犯人と探偵に同じ土俵で戦ってもらうことにしたのです(以下、物語の展開や人物造形の理由を説明)。

 最初の着想から書き上げるまで、どれぐらいかかりましたか?

信国 1年はかかってないと思いますが、自分としてはちょっと長くかかってしまったなという印象です。途中で一度だいぶ詰まったことがありましたし、あと最初の原稿ではオチがまるで違うものだったんです(当初考えていたオチを説明)。

 では最初は読み味がもっと重いものだったんですね。

信国 そうです。ただ、当初考えていたオチだと、そこだけ浮いてしまって、軸がぶれてしまうと思い、現在の形に直しました。

 なるほど。この作品は石持さんが推されながらも、いくつか疑問点があるうえでの推薦でした。ではまず、石持さんから質問、ご意見をお願いします。

石持浅海 まず前提として、大変おもしろく読ませていただきました。

信国 ありがとうございます。

石持 ただ、説明不足なところがいくつかありまして、そこを直す必要があるというのが、私たちの感想でした。
 なかでも最も説明しなくてはならないのは、犯人が何故ああいう行動に出たのかという点と……(以下、犯人の行動原理について説明が足らない部分と、作品を覆うモチーフについて質問する)。そこに対する説明を書き足すことが必要だと思いました。個人的には書き直しではなくて、書き足しでフォローできるのではと考えています。

 いま石持さんが質問された改稿ポイントを含めて、改稿計画は練れそうですか?

信国 実はいろいろ考えてきまして。ちょっと話してもよろしいでしょうか(以下、「ジャーロ」84号の選考記事で提示された問題点について、独自の解決案を説明する)。

 ありがとうございます。石持さん、今のお話を伺って、いかがでしょう。

石持 解決策としては、非常にうまく処理できたなと思います。おそらく時系列に注意しながら整理していけば、十分使えるアイデアだと思いました。
(特に犯人の行動についての改稿点を念押ししたうえで)それらの説明がうまく加われば、物語の骨格は成立していると思います。

 信国さんの案について、東川さんはいかがでしょう。

東川篤哉 そこまで考えてるなら、その点の修正はできるのではと思います。では、僕の疑問点を伺ってもいいですか。

信国 お願いします。

東川 (作品の重要なモチーフの扱い方についての疑問を提示し)その点が、最後まで読むと意味がなくなってしまい、少々落胆してしまいました。

信国 その点は、書いた時にはこれは意味がないほうがいいのかなと思ったんですが……。

東川 でも一方で、登場人物が●●●●について信国さんの意図と逆の方向でしゃべっています。だとしたら、その理由が必要なんじゃないでしょうか。

信国 今パッと思いつくのは、例えば……(東川氏の問いに、ある対応策を話す)とすれば、きれいな形になるのではと思うんですけど、どうでしょう?

 それはおもしろいアイデアですね。

東川 エンターテインメント作品として小説内であるテーマが提示されると、読者はある種の期待と予断を持って読むものなので、それを裏切る場合であっても、いちおうの説明が必要になるものと思います。

 納得性が高くて、でも事件の構造を変えなくても済む方法はあると思いますね。

信国 今の構造を変えないほうがいいということですか?

 編集的にはそう感じます。
 ところで信国さんは今までずっと本格ミステリーを書いてきたんでしょうか?

信国 はい、そうです。

 だとすると、この作品はまだ未調整な点も多いのですが、本格ミステリーとしてぎりぎりのところでやっているイメージで、チャレンジングな作品だと思います。エンターテインメントとしてはったりが効いているところは維持したほうがいいのではと、編集部としても思います。

信国 推理の危うさや、不確かさのようなところは確かに強調したいと思ったんです。言うならこの作品は詭弁バトルだと思ってるんです。既存作でいうなら、円居挽さんの『丸太町ルヴォワール』の、言いくるめ合いのような。お互いがそれらしいことを言い、それっぽい答えを言うのだけど、実はそれが全然的外れなところでもある。「なんだこいつちょっとおかしいこと言ってないか。いや、でもなんか正しいような気もしないでもない」というような違和感を感じてもらいたいんです。

 では、信国さんから選考委員お二人にお訊きになりたいことはありますか?

信国 (死体の処理の仕方についての選考委員の疑問について)あの死体の処理について、唐突に感じられたということですが、かなりの程度だったんでしょうか?

東川 それはもうかなり感じました。なんでそうなっているんだろうという疑問が残りましたね(続けて死体処理について、ある案を提示する)。

石持 そういう処理は読者への提示として必要ですね。
 今回、この物語の魅力の一つは、語り手の探偵が見ている事件と警察が見ている事件が、同じものであるにもかかわらず全然違うことです。そこが魅力なのだから、ちゃんと書き分けなければならないという難点がある。全体的には布石がうまく挿入されていて、なかなかうまく書けていると思ったのですが、死体処理については、あれだとうまくいかないと思います。

信国 私も、正直、それは思っていました。ちょっと曖昧にしたまま、書いていたかもしれません。
(以下、犯人の行動の問題点、アンフェアな記述など、細かい指摘が選考委員からされる)

 いろいろな問題点が挙がりましたが、東川さんが仰ったように、読者が疑問に感じる可能性を潰していく作業は、やはり重要だとは思います。

石持 ミステリー小説は読者が納得しないとどうしようもないんです。正しいか正しくないかは、読者が納得するかどうかで決まる。それを詰めていくことの労を惜しまずやれば、完成度は飛躍的に上がると思います。

東川 非常に凝った犯罪計画にまつわる物語ですから、その分、なぜ犯人がそのような行動を取ったのか、ちゃんとした説明が必要になるのだと思います。その説明がうまくいけば、面白い作品になるのではないでしょうか。

 信国さん、本日はありがとうございます。

信国 ありがとうございました。

『麻坂家の双子喧嘩』について

 真門さん、本日はよろしくお願いいたします。まず、今回の作品を執筆するきっかけについて伺いたいと思います。

真門浩平 自分は複雑で凝った本格ミステリーが好きなので、そのような作品を書きたいという思いが最初にありました。今回の応募作では、小学生たちの世界の中で、もしとんでもない推理力を持った小学生がいたら、という特殊設定のようなことがやりたかったんです。そうすると、まずその舞台だからこそ使えるトリックや仕掛けがあると思い、あとは普通の小学生はそんなに複雑には考えないだろうことをものすごく論理的に考えるキャラクターなら、ギャップがあって面白いのではと思いました。
 小学生って喧嘩すると「証拠を出せ」「証明してみろ」といったことを、挑発として言ったりしますよね。証明してみろって挑発されたことを、過度に理屈っぽく証明してみせるキャラクターがいたら面白いと思い、日常の謎の中で必要以上に凝ったことをするのが最初のコンセプトでした。

 連作短編にして、短編ごとに主人公たちの年齢が上がっていくのも、最初からの狙いだったわけですか。

真門 そうです。各話は書きながら考えていったんですけども、最後はこうなるみたいな連作短編の終わり方は、書き始めたときから考えてありました。

 ではまず、積極的に真門さんの作品を推した東川さんから。感想も含めた質問をお願いします。

東川 さっき小学生がこんな複雑なことを言ったらギャップがあって面白いだろうというお話でしたが、僕はまさにそのギャップが面白いと思ったんです。ギャップがあり過ぎて受け付けない人もいるだろうとは思うので、そこをどうするかというのが問題点の一つ。でもこの作品は小学一年生から六年生の間に起きた話にしたかったのですね。

真門 そうです。

東川 そこに僕はちょっと……。僕はこの作品を面白いと思ったけど、さすがに一年生、二年生の年齢だと、読んでいてギャップや違和感があり過ぎるんです。僕の経験で言うと、本格ミステリーを読むのは十歳ごろからなんですね。十歳を超えたあたりで急に論理的な話を読めるようになるというのが僕の実感です。だから十歳からの話にしませんか、というのが僕の率直な提案です。

 学年で言うと四年生から六年生の期間ですか。

東川 一話目が一年生の話になりますが、これを四年生でも五年生でも上の年齢にずらして、十歳以降の話にするといった方法をとると、ギャップがあり過ぎる部分は多少なりとも緩和されると思いましたが、いかがでしょう?

真門 各学年ごとに一話という設計に必然性はなくて、ただ構成上きれいだな、ぐらいの意味だったので、学年を変えたり順番を変えたりしてリアリティが増すなら問題ないと思います

石持 私は一年生が四年生になっても、違和感は消えないと思います。小学生なのにすごい頭脳を持った子がいて、ということをやりたいのであれば、大前提を明示し、周辺を整える作業が必要です。設定を生かすやり方、解決法はあります。そのためのポイントがいくつかあって……(以下、小学生を主人公にして違和感がない方法についていくつか案を提示して)それが真門さんの書きたいことかどうかはまた別問題ですが、最低限の修正でこの話を成立させようと思うと、今言ったような解決方法があるかなと。

 前回の選考会の記事でも話にのぼりましたが、小学生が探偵となる違和感を読者が感じることに関しては、真門さんは自覚的だったのでしょうか。

真門 正直に言いますと、こういうすごい小学生がいるという設定は、もう説明なしで受け入れてもらえると思っていました。こんな小学生は現実にはいないのはもちろん分かっていますが、「そういう設定なんだから」と疑問を持たれないのでは、と。

 ものすごく探偵能力があって精神年齢の高い子供が一人いる状況は、さっきの石持さんのご提案のように、物語を成立させる別の方法や前提がないと成り立たないことについては、どう思われてましたか?

真門 自分の中では語り手と探偵役、その双子だけが特別で、他の同級生は普通の小学生ぐらいの頭のよさという設定でした。なので、会話でもミステリー用語を言ったりするとまわりの子には通じないのですが、それでも、彼らも普通の小学生よりかなり頭がいいことになってしまっていたと思います。

石持 そういう世界観の説明のしようはあると思います。冒頭の部分で設定を出してしまったほうが、この話はすごくよくなると思う。

 その点について東川さんはどうお考えですか。

東川 僕は普通に頭のいい小学生でもいいかなと思います。キッズ向けのアニメーションがあるじゃないですか。この作品を読んでいて、真門さんはああいう主人公のイメージなのかなと思いました。そういう主人公は十歳か十一歳の小学生で、ちゃんと大人の言葉を話すじゃないですか。それでもアニメを見てる人はそんなに違和感を持たない。そんな感覚で書いてるのかなと思いましたが、どうですか?

真門 そうですね。キャラクターとしてはマンガ的というか、そういうテイストになっていると思います。

東川 アニメなどで小学生がちょっと大人びたことを言って、大人まさりの活躍や行動を見せても、見ているほうはそんなに違和感を持たない。でも活字で、本格ミステリーとしてやると違和感が出てくるのだけど、これはもうそういうアニメみたいな感覚で読めば違和感はないのかもしれない。

石持 問題は、読者がそう思ってくれるかどうか、ですよね。

 そう読んでくれたら嬉しいのですが、それだけを期待するのも難しいですね。「大人が読んで面白い、子供が主人公の小説」になるといいと思うのですが……。真門さんがこの作品で意識的に説明を書かずに、ある種アナーキーな創作方針で作ったのなら、それもいいと思うのですが、そこまで挑戦として書いたものではないように思いますが。

真門 はい、そうです。

 だとしたら、より多くの読者が入るための入り口を作ったほうがいいのではと思います。

真門 そうですね。読まれ方として、この主人公が頭がいいことに何か仕掛けがあるのではといったような、意図しない読まれ方はされたくないと思います。

石持 現状では最後に何か企みがあって、すごいオチが待っているんじゃないかと期待して読む人が多くなると思います。それがないので、梯子を外された感が出てくる。絶対説明してやるもんかという強い意思が真門さんにないかぎりは、大設定を最初に説明するなり、読者が納得いく対応策を入れたほうがいいと思います。それを連作短編で積み重ねていけば、終わるころには完全に世界観に同化できるので。大手術をしなくても直せると思います。

東川 登場人物の話ばかりしていますが、逆にいうと問題点は主にその点にあって、一話ごとのストーリーや企みは大変面白い。ただし、最終話のトリックに若干の無理がありますが……(以下、最終話のトリックについての問題点を指摘し、解決法を議論する)。

 改稿の具体的ポイントが挙がりましたが、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

真門 はい。分かりました。ありがとうございます。

 ありがとうございました。

選考中の石持氏、東川氏

そして最終選考に

 候補者お二人とお話しされて、いかがでしたでしょう。

石持 信国さんについては、気になったところに対する対応策を持っていらっしゃったので、これはスムーズに行くかなと思いました。骨格を直す方法を自分で見出しているという印象がありましたね。

東川 直すための考えをお持ちなので、僕も大丈夫なんじゃないかなと思います。こちらが何か言ったときに、すぐアイデアが出る人なんだなと。すごいですね。

石持 真門さんには、基本的な設定に読者がついてこないので何らかの説明が要ると、くどくどと説明しましたが、伝わったでしょうか?

 間違いなく伝わっていると思います。

東川 どう直すか、本人もかなり悩むとは思いますが。

 もしお二人に強い異議がなければ、本日話し合ったポイントの修正を重ねていって、これなら世に問うことができるという作品になった時点で二作とも刊行できればと思いますが、いかがでしょうか。改稿を前提とした二作入選ということです。

石持 そうですね。改稿が前提で、二作入選でいいと私は思います。

 東川さんはいかがでしょう。

東川 僕もいいと思います。

 ありがとうございます。それでは「カッパ・ツー」第三期は、『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』と『麻坂家の双子喧嘩』の二作品が入選で、きちんと改稿をしたうえで刊行するということにさせていただきます。
 選考委員のお二人には、二度にわたる選考会をお願いしまして、ありがとうございました。

(おわり)

《ジャーロ No.85 2023 JANUARY 掲載》


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