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推理クイズ作家・緑川良|森 英俊・Book Detective 【ディテクション78】

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文=森 英俊

 少子化の進行や市場の変化にともなって、現在は《小学一年生》のみの発行になっているが、小学館がかつて出していた《小学一年生》から《小学六年生》までの雑誌は学年誌の総称で呼ばれ、付録が呼び物になっていた。毎号ついてくる付録にはさまざまなものがあり、漫画や小説・読み物の付録と並んで人気の高かったのが、推理クイズの類である。小学生向けではあるものの、大人が読んでも楽しめる要素があり、単なるクイズ本と侮ってはならない。なかでも驚かされたのが、凝りに凝った構成の、『最上級推理クイズ』(《小学六年生》1980年11月号付録)だ。

 本文はいくつかの項目に分かれており、「犯人ホシをあげろ!」では、テレビドラマの人気刑事や名探偵たちが七つの難事件の捜査にあたる。最初の事件は大金持ちが自宅の風呂おけのなかで溺死していたというもので、人気絶頂の刑事ドラマ「太陽にほえろ!」の七曲ななまがり署の刑事たちが現場検証におもむく。ここでの主役は藤堂とうどう係長(ドラマでは石原裕次郎いしはらゆうじろうが演じた)で、故人の几帳面な性格と現場に置かれたある物の状態を手がかりに、鋭い推理を働かせて、偽装工作をあざやかに見抜く。それらの手がかりは読者の前にも提示されているため、ボス(藤堂係長の署内での呼び名)よりも先に事件を解決することも可能になっている。

犯人ホシをあげろ!」の推理クイズには、このほか、「Gメン’75’」「大捜査線」「噂の刑事トミーとマツ」「西部警察」といったヒットドラマの人気者たちも登場し、それらに比べるとやや知名度の低い「走れ! 熱血刑事」(主演:松平健まつだいらけん)や「警視―K」(主演:勝新太郎かつしんたろう)にちなんだ出題もある。クイズに添えて、それぞれのドラマの概要や見どころの紹介もある、至れり尽くせりの内容だ。

 続く「推理クイズ《初級編》」は文章と漫画で構成されており、こちらにもテレビドラマの刑事や名探偵たちが登場し、クイズの出題にあたる。「推理クイズ《上級編》」も同様の構成だが、テレビドラマとは無関係で、アリバイ崩しや密室の謎といった趣向が盛りこまれている。

 巻末には「世界の探偵百科」が付されており、これがとうてい小学六年生向けとは思えぬほどの充実ぶり。アリバイや密室、ダイイング・メッセージや人物偽装など、事件のパターンが八つに分けられ、それらを得意とする内外の名探偵たちの外見や推理方法が併記されている。アリバイがらみの事件はフレンチ警部や鬼貫警部、密室がらみの事件はフェル博士や神津恭介かみづきょうすけの得意分野で、ダイイング・メッセージはエラリー・クイーンの専売特許というのは、まずまず妥当なところだろう。金田一耕助きんだいちこうすけと人物偽装のからんだ事件との組み合わせは意外の感があるが、『最上級推理クイズ』の構成を手がけている緑川良みどりかわりょうの念頭には、どうやら『犬神家の一族』などがあったようだ。

『スター推理クイズコミック』(《小学六年生》 1979年11月号付録)も『最上級推理クイズ』同様、緑川良の構成になるもので、横溝正史よこみぞせいしとコナン・ドイル原作の漫画が収録されていることから、相当なコレクターズ・アイテムになっている。

 SF漫画『ワースト』を代表作に持つ小室孝太郎こむろこうたろうが作画を担当しているドイル原作の「ブナ屋敷の秘密」のほうは、シャーロック・ホームズ物ということもあって、読者にもなじみがある。一方、「片耳の男」のほうは、実業之日本社の少女雑誌《少女の友》に掲載された横溝の戦前のジュニア物(掲載時の表題は「七人の天女」で、戦後の再録に際して「片耳の男」と改題された)が原作で、由利麟太郎ゆりりんたろうや金田一耕助といった、シリーズ探偵たちは出てこない。両探偵に代わって大活躍するのが医科学生の宇佐美慎介うさみしんすけで、八月十七日に発明家の卵とその妹の家にきまって届けられる、奇妙な贈り物にまつわる謎を解く。漫画化コミカライズにあたっているふぐただし(ふぐ正)は、白土三平しらとさんぺいの赤目プロの出身で、池上遼一いけがみりょういちのアシスタントもつとめたことのある漫画家。売れっ子漫画家たちのところで働いていただけあって、作画もしっかりしており、原作のスリリングな味わいを再現することに成功している。

 これらの漫画と並んで『スター推理クイズコミック』の柱をなす「スター推理クイズ」は、《初級編・中級編・上級編》の三本立てで、アイドルの榊原郁恵さかきばらいくえ大場久美子おおばくみこに加え、熱中刑事(テレビドラマ「熱中時代・刑事編」で水谷豊みずたにゆたかが演じた早野はやの刑事)が、出題やヒントの提供にあたるという趣向。文章と漫画で構成された推理クイズで、難易度はさほど高くない。

 巻末にはやはり「世界の探偵百科」があり、八つの事件パターンとそれらを得意とする名探偵たちという構成も共通している。ここではさらに、八つの事件パターンを扱っている内外の推理小説の実例が挙げられており、そのなかに小学六年生にはハードルの高そうな作品がまぎれこんでいるのも興味深い。たとえば、ダイイング・メッセージを扱った作品の例として挙げられている、エラリー・クイーンの『緋文字』と『最後の女』。前者における不倫調査や、(ネタばらしになるので、くわしくは書けない)後者の〈最後の女〉の意味合いが、小学生に十二分に理解できるとは思えないのだが、もうちょっと年齢を重ねてから読んでもらいたい作品、といったところだろうか。

 緑川良はこれらの付録以外にも、小学館の児童向け叢書〈コロタン文庫〉から推理クイズ本を二冊出しており、そのうちのひとつが『名探偵クイズオール百科』(1984)である。これも凝りに凝った推理クイズ集で、七つの章それぞれのテーマに沿ったクイズが十数問ずつ出題される。筆者のお気に入りは、名探偵の回顧録の趣きのある第四章の「影山幻太かげやまげんた探偵ノート」で、ダイヤが空気に溶けたかのように消え失せてしまうものなど、奇怪な事件や謎めいた事件を得意にする探偵が扱った、十の事件をクイズ仕立てにしている。

 もう一冊の『推理クイズオール百科』(1982)のほうは残念ながら手元にないが、こちらも構成に工夫の凝らされた推理クイズ集らしい。『名探偵クイズオール百科』のカバー袖の広告によれば、刑事探偵・検事探偵・弁護士探偵・私立探偵・科学探偵・素人探偵・軍事探偵といった、七通りの名探偵が73の難事件に挑むものだとか。

 いずれの推理クイズ本も、凝りに凝った構成に加え、推理小説愛が随所に感じられ、遊び心やマニアックな蘊蓄も、たまらない魅力になっている。大人が読んでも楽しめるという点でも、数ある子ども向け推理クイズ本のなかでとびぬけており、それだけに、緑川良なる推理クイズ作家は気になる存在といえる。そんななか、ある推理作家のご遺族とミステリ評論家の日下三蔵くさかさんぞうとのツイッターでのやりとりのなかで、この緑川良が著名作家の別名義であるという驚愕の事実が判明した。その情報によれば、緑川良というのは、2022年から徳間文庫で刊行の開始された、〈梶龍雄かじたつお 驚愕ミステリ大発掘コレクション〉や〈梶龍雄 青春迷路ミステリコレクション〉が大好評の、あの梶龍雄に他ならないというのだ!

 梶龍雄の作家歴は長く、1952年にデビューし、1959年に小学館を退社したあたりから、さまざまな雑誌に作品を発表するようになった(ジュニア物が中心で、「梶龍雄」ではなく、「梶竜雄」の表記の用いられているものが多い)。その名が広く知られるようになったのは、1977年に第23回江戸川乱歩賞を受賞した『透明な季節』で推理作家として再デビューを果たしてからで、以降、1990年に急逝するまで、意欲的な長編を続々と上梓していった。

 確認できたかぎりでは、緑川良名義が最初に用いられたのは〈コロタン文庫〉の『数のふしぎオール百科』(1978)である。別名義を用いた理由は推測の域を出ないが、乱歩賞を受賞し、推理作家としての本格的な地盤の固まりつつあるなか、小学生向けのクイズ本に同じ名義を用いることを、よしとしなかったのではなかろうか。


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 まんだらけが2005年の12月に発行した古書目録《まんだらけトラッシュ No.02》では、小学館の《小学一年生》から《小学六年生》までの学年誌の付録が特集されている。その特集のなかで、1960年代から1980年代にかけて刊行された、二百冊ほどのなぞなぞ本やクイズ本の書影ならびにデータが掲載されているが、そのなかには緑川良のものは見当たらない。とはいえ、そこから漏れてしまった付録のなかに、緑川良すなわち梶龍雄の凝りに凝った推理クイズ本がまだ潜んでいる可能性がないとは言い切れない。

《ジャーロ No.89 2023 JULY 掲載》



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