12人の恨みが積もるとその古時計は持ち主に襲いかかる。バブルに浮かれた男を待つ結末とは……【1週間限定・全文公開】6/21発売・嶺里俊介『昭和怪談』より「古時計」
嶺里俊介『昭和怪談』
★【期間限定】6/14~6/20全文公開 *公開終了しました
昭和六十年代 古時計
重機が家屋を取り壊す音が身体の芯まで響く。しかし不動産会社を営む阿武隈和義にとっては心地良い音だった。
――こんなものはロックミュージシャンが奏でる重低音に心躍らせるコンサートのようなものだ。しかしこれだけの轟音なら人も殺せるような気がする。
いままさにクライマックスを迎えている。気分が高揚するのは仕方ない。
ここ一年で四世帯の住居が更地になった。来年にはこの区画がまるごと更地になって、新たな高層ビルが建つだろう。
東京都中央区日本橋の一角にある時計店の応接室で、阿武隈は家の主人と対峙していた。阿武隈は五十二歳。時計店の主人、昭平末松は齢七十八なので、傍目には親子に見えるかもしれない。
阿武隈から手渡された証書に一通り目を通した昭平は青ざめた。額に脂汗が浮かぶ。
「こんなものは知らん。まったく身に覚えがない」
額面二億五千万円の融資契約書。利率はゼロだが、一年後に返済と約定がある。担保はこの土地と建物、所有する動産を含む一切合切だ。
「この印影は……」
「紛う方無き、こちらの実印ですよ」
阿武隈は微笑んだ。
昭平は契約書に押印されている実印を凝視したまま繰り返した。
「こんな金、借りたことはない」
「あなたが開設されたという新規の口座に送金していますよ。一週間後くらいに引き出したようですが、ちゃんと銀行の記録に残されているはずです」
いずれも阿武隈が手配したものなので昭平は知る由もない。
「なにに使ったか存じませんし、訊きません。しかし期日ですので返済してください。こちらも首が回らなくなりますのでね。この土地建物の代物弁済でしたら相談に乗りましょう」
それでは、と阿武隈は椅子から立ち上がった。
あとは取り立て屋に任せるだけだ。
「殺してやる……」
背中から老人の呻きが聞こえてきたが、阿武隈にとっては聞き慣れた言葉だった。呻き声は、ほどなく近隣の家屋が倒壊する轟音にかき消された。
*続きは、6/21発売『昭和怪談』でお楽しみください。
■あらすじ
我が身可愛さに欲をかき、他人を傷つけ深みにはまる。ほら、また同じ過ちを――〈まだ気づかないのか。お前は今も昭和を生きているんだよ〉。
関東大震災の傷跡、戦争と復興、高度経済成長と公害、マスメディアの台頭、バブル景気……破壊と創造に明け暮れた「こわい昭和」を、年代ごとに描き出した異色の作品集。ノスタルジーと著者の奇想に背後から背中を揺すられる、七つのこわい話を収録。
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