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12人の恨みが積もるとその古時計は持ち主に襲いかかる。バブルに浮かれた男を待つ結末とは……【1週間限定・全文公開】6/21発売・嶺里俊介『昭和怪談』より「古時計」

2023年6月21日(水)、嶺里俊介さんの最新刊『昭和怪談』を発売いたします。刊行に先駆けて、noteでは収録の全7編のうち3編を無料公開!第3弾となる今回は、昭和の終わりの物語「古時計」です。1週間の期間限定公開です。時代の熱と人間の脆さが生みだす怪談を、どうぞお楽しみください。

★『昭和怪談』無料公開スケジュール
6/2~公開 昭和二十年代「愛しき我が家へ」
6/7~6/13 昭和零年代「新しい朝」【*公開終了しました】
6/14~6/20 昭和六十年代「古時計」【*公開終了しました】
6/21 『昭和怪談』全国発売
※「新しい朝」「古時計」は期間限定公開です。

光文社より6/21(水)発売
『昭和怪談』目次

嶺里俊介『昭和怪談』


★【期間限定】6/14~6/20全文公開 *公開終了しました

昭和六十年代 古時計

 勢いづいた戦後の経済成長は止まることがなく、さらなる好景気を生んだ。いわゆる『バブル景気』である。
 昭和六十一年(一九八六年)十二月に始まったバブル景気は平成三年(一九九一年)二月まで続き、実に五十ヵ月以上に及ぶ。この間に付随して起こった数々の社会現象は現在も語り継がれている。
 リゾート地やゴルフ場や都市再開発が進み、地価高騰により庶民のマイホームの夢は遠のいた。都市部では土地取得のために強引な手法による地上げが行われ、社会問題となる。
 そして昭和六十四年(一九八九年)一月七日 昭和天皇崩御。
 昭和は幕を下ろす。

 重機が家屋を取り壊す音が身体の芯まで響く。しかし不動産会社を営む阿武隈和義あぶくまかずよしにとっては心地良い音だった。
 ――こんなものはロックミュージシャンが奏でる重低音に心躍らせるコンサートのようなものだ。しかしこれだけの轟音なら人も殺せるような気がする。
 いままさにクライマックスを迎えている。気分が高揚するのは仕方ない。
 ここ一年で四世帯の住居が更地になった。来年にはこの区画がまるごと更地になって、新たな高層ビルが建つだろう。
 東京都中央区日本橋の一角にある時計店の応接室で、阿武隈は家の主人と対峙していた。阿武隈は五十二歳。時計店の主人、昭平末松あきだいらすえまつは齢七十八なので、傍目には親子に見えるかもしれない。
 阿武隈から手渡された証書に一通り目を通した昭平は青ざめた。額に脂汗が浮かぶ。
「こんなものは知らん。まったく身に覚えがない」
 額面二億五千万円の融資契約書。利率はゼロだが、一年後に返済と約定がある。担保はこの土地と建物、所有する動産を含む一切合切だ。
「この印影は……」
「紛う方無き、こちらの実印ですよ」
 阿武隈は微笑んだ。
 昭平は契約書に押印されている実印を凝視したまま繰り返した。
「こんな金、借りたことはない」
「あなたが開設されたという新規の口座に送金していますよ。一週間後くらいに引き出したようですが、ちゃんと銀行の記録に残されているはずです」
 いずれも阿武隈が手配したものなので昭平は知る由もない。
「なにに使ったか存じませんし、訊きません。しかし期日ですので返済してください。こちらも首が回らなくなりますのでね。この土地建物の代物弁済でしたら相談に乗りましょう」
 それでは、と阿武隈は椅子から立ち上がった。
 あとは取り立て屋に任せるだけだ。
「殺してやる……」
 背中から老人の呻きが聞こえてきたが、阿武隈にとっては聞き慣れた言葉だった。呻き声は、ほどなく近隣の家屋が倒壊する轟音にかき消された。


*続きは、6/21発売『昭和怪談』でお楽しみください。

■あらすじ

我が身可愛さに欲をかき、他人を傷つけ深みにはまる。ほら、また同じ過ちを――〈まだ気づかないのか。お前は今も昭和を生きているんだよ〉。

関東大震災の傷跡、戦争と復興、高度経済成長と公害、マスメディアの台頭、バブル景気……破壊と創造に明け暮れた「こわい昭和」を、年代ごとに描き出した異色の作品集。ノスタルジーと著者の奇想に背後から背中を揺すられる、七つのこわい話を収録。

■書籍情報

昭和怪談しょうわかいだん
著者:嶺里俊介
装画:かわいちともこ
装丁:坂野公一(welle design)
発売:光⽂社
発売⽇:2023年6⽉21⽇(水)
※流通状況により⼀部地域では発売⽇が前後します
定価:2,420円(税込み)
版型:四六判ソフトカバー

■著者プロフィール

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部卒業。NTT(現NTT東日本)勤務を経て、執筆活動に入る。2015年に『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌’16年にデビュー。著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』。

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