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坂上泉氏が受け継ぐ警察小説の系譜。井上真偽氏が生みだす謎解きの枠に留まらぬ作品。|若林踏 「新世代ミステリ作家探訪」通信【第5回】

文=若林 踏 

  少し前の話になりますが、『本の雑誌』二〇二二年八月号にて「ミステリー新時代到来!」という特集が組まれました。ここ十年ほどで登場した新進作家を中心に、新たな才能が続々と生まれつつあるミステリの最前線を伝える内容で、まさに〈新世代ミステリ作家探訪〉と共通項の多い企画でした。私も「多様化するミステリの伝言ゲーム」という文章を寄せており、〈新世代ミステリ作家探訪〉での対談を通して浮かび上がってきた、ジャンルの技巧を継承する形の変化について書いています。機会がありましたら、ぜひご一読いただければと思います。

 さて、九月四日の〈新世代ミステリ作家探訪SeasonⅡ〉第八回でゲストにお迎えしたのは坂上さかがみいずみさんでした。この日のイベントは久しぶりにゲスト作家とリアルで対面し、無観客収録を行ったのですが、坂上さんは同日に日本推理作家協会が開催した「推協フェス」に参加した後にイベントに登壇されました。坂上さんは西南戦争を題材にした歴史小説『へぼ侍』(文藝春秋)で二〇一九年に松本清張まつもとせいちょう賞を受賞しデビュー(応募時のタイトルは「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」)。その後、第七十四回日本推理作家協会賞と第二十三回大藪春彦おおやぶはるひこ賞を受賞した第二作『インビジブル』(文藝春秋)では、戦後の大阪を舞台にした警察捜査小説に挑戦し、さらに第三作『渚の螢火』(双葉社)でも本土返還直前の沖縄を舞台に警察官を主人公にした作品に取り組みました。歴史小説だけではなく、正統的な警察小説の新たな書き手としても注目を集める坂上さんですが、警察もので影響を受けた作家は横山秀夫よこやまひでお佐々木譲ささきじょう今野敏こんのびんさんとのこと。二〇〇〇年代の国内ミステリにおいて警察小説はムーブメントになりましたが、現在では一旦その波は落ち着いたように見えます。ですが、そこで活躍していた作家たちの作品から、着実に次世代の警察小説を担う書き手が生まれていることを実感しました。この他にも影響を受けた作家の名前として福井晴敏ふくいはるとしを挙げておられたのが印象的でした。坂上さんは二〇〇〇年代の警察小説、冒険小説の系譜を受け継ぐ作家なのかもしれません。

 十月二日開催の第九回では井上いのうえ真偽まぎさんをお呼びしました。井上さんは覆面作家ということで、今回は音声のみでご出演でした。井上さんといえばミステリランキングなどでも高い評価を得た多重解決ものの〈その可能性はすでに考えた〉シリーズ(講談社文庫)や、事件が起きる前に探偵が解決してしまう『探偵が早すぎる』(講談社タイガ)など、本格謎解きミステリのコアなファンに向けた作風が印象深いです。しかし、二〇二〇年に刊行した『ムシカ 鎮虫譜』(実業之日本社)のように、井上さん自身は謎解きにこだわらない娯楽小説の書き手でありたいと思っているようです。そもそもデビュー作『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』(講談社文庫)を書いた時点では謎解き小説にそこまで詳しいわけではなく、数理学的発想をもとに物語を構築していた結果に生まれたものだといいます。井上さんの中ではミステリとは幅広いエンターテインメントを包括するジャンルであると捉えているようで、謎解きの枠に留まらない作家として活躍したいという意思が伝わってくるトークでした。

 次回の〈新世代ミステリ作家探訪SeasonⅡ〉のゲストは潮谷験しおたにけんさんです。実は潮谷験さんの第十回を以て、〈SeasonⅡ〉は完結します。新進ミステリ作家を探訪する旅の第二章のラストに待ち受けるのは、果たして何か。最後まで応援よろしくお願いいたします。

《ジャーロ No.85 2022 NOVEMBER 掲載》

※編集部追記
〈新世代ミステリ作家探訪SeasonⅡ〉第十回(ゲスト:潮谷験さん)は、2022年10月に無事開催されました。


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