見出し画像

【短編小説】伝説の安心感

「へぃ、らっしゃい」
元気な大将の声に迎えられ、僕はカウンター席へと足を運んだ。
還暦を過ぎた、でも50歳前半に見える大将が、湯気の向こうで元気にラーメンを作っている。

「いつものだね」
と、確認のように声をかけられ、僕はうなずくが、大将はその反応を見る前に作り始めていた。
何しろ、僕が幼稚園の頃から通っているラーメン屋さんだ。
昔は家族で来ていたが、大学生となった今は一人で通っている。

目の前にラーメンが置かれると、さっそく食べ始め、男子学生得意の早食いであっという間に器を空にした。
嫌なことがあっても、懐かしいこの味を食べると、童心にかえっていい気分になれるんだ。

お会計をするときに、ふと大将に聞いてみた。
「20年も同じ味を続けるの、大変じゃないですか?」
大将は首をかしげて
「君が昔通っていたころとは、味は変わっているよ?あの味、あまり評判が良くなくて…」

僕に絶対的な安心感を与えてくれる場所は、ただの気のせいだったのだ。
今まで信じていたものが崩れるような気持ちになりつつ、店を出ると、綺麗な夕焼け色になった街並みが目に入る。
顔を上げると、驚くほどきれいな夕焼け。

絶望的な気分を吹き飛ばす自然、すごいなぁ。
ラーメン屋さんという安心感を得られる場所を失った僕は、次は空に安心感を求めることにした。
これなら、世界中どこに行っても見られるしね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでで566文字。
20年続くラーメン屋=伝説級、と表現したかったけど、なかなか難しい…。

【毎週ショートショートnote】『ショートショート書いてみませんか?』お題発表!4/16|たらはかに(田原にか)|note

この記事が参加している募集

私の作品紹介

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?