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《はぶてる》嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~六十六の歌~

《はぶてる》原作:前大僧正行尊
「まだまだ、六十歳」いうて騒ごう思うても、
……体がついてゆかへん。
家のローンがあるさかい仕事辞められんけど、気力はもう続かん。
「お互い、あわれやな。」
薄ら寒い春、山桜が散り際に言いつのる。
この先、何してもええ事はないやろ。
 
(注)はぶてる=「拗ねる」、「いじける」と言う意味。山口県などの地方の方言。

<承前六十五の歌>
「温こうござります、定家様」
式子は定家の肌に自分の肌を押し当てた。そして、定家の耳元に息を吹きかけるように囁いた。
「やはり、殿御はお強うございます。他人の噂などなんとも思われない。式子にはできませぬ」
定家は香しい匂いを放つ式子の背中に腕を回して抱き寄せた。甘い闇が寝衾の中に満ちた。
「もろともに あはれと思へ 山桜花よりほかに 知(る人もなし。式子様はその桜のように私の心をお知りになっておられる」
定家は盃に酒を満たし、一口啜ると式子に口うつしで飲ませた。式子の喉が動き、その甘露のみ下す。
「もっと、酒(ささ)をくださりませ。そして、式子をもっともっとお酔わせくださいませ」
潤んだ式子の瞳が定家を捕えて離さなかった。
<後続六十七の歌>

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