戦前の東洋史教科書を見る(0)

以前、某所で処分されそうになっていた戦前の東洋史教科書を譲り受けました。
記述については時代的制約もあると思いますが、かいつまんで紹介したいと思います。現在の世界史教科書とどのくらい違うのか、確認できればよいと考えていますので、しばらくお付き合いください。

(以下、原則として原文の旧字旧仮名を新字新仮名で表記します。また、原書の表記に従って記事内では適宜「支那」の語を用いることがあります)

旧制中学校用『新編外國歴史教科書 東洋史編 七訂』(三省堂)

文学博士 中村久四郎著(なお、表紙裏に「中山久四郎と改名しました」と通知文が貼付されていました)
昭和2年1月6日文部省検定済 中学校歴史科用
初版発行明治44年12月22日 修正14版発行大正15年12月21日
昭和五年度臨時定価1円52銭

著者の中山久四郎は戦前の東洋史学者です。長野県出身。佐久の人ですね。

教科書の文体ですが、今回改定より口語体を用いることとした、とのことで、令和に生きる日本人にも比較的読みやすくなっています。これ以前は文語体だったと推定されますので、読みづらい代物だったのではないかと推察されます。

表紙

巻頭

 目次の前に明治天皇御製四首。
 東洋史諸国総覧略表は日本、朝鮮、支那、塞外民族、印度を掲載。皇室紀元と西暦を併記。日本の始まりに「神武天皇即位紀元元年」の文字が。


 日本の時代区分が「奈良時代」「平安時代」「鎌倉時代」「吉野時代」「室町時代」「安土桃山時代」「江戸時代」になっています。現代の教科書で一般的な「旧石器時代」「縄文時代」「弥生時代」「古墳時代」「飛鳥時代」「奈良時代」「平安時代」「鎌倉時代」(南北朝時代)「室町時代」「安土桃山時代」「江戸時代」「明治時代」「大正時代」「昭和時代」「現代(平成・令和)」に比べると、
(1)奈良時代以前が一纏めに
(2)南北朝時代が吉野時代と表記
あたりが目を引きます。(1)については昭和21年に相沢忠洋氏が岩宿遺跡を発見する前ですし、明石原人の「発見」も昭和6年の話ですから遺跡や化石に沿った話ができないのは当然ですが、神武天皇(皇紀元年=紀元前660年)から連綿と皇室が日本を治めていたとする皇国史観の流れもあるのかなとは思います。弥生時代・古墳時代・飛鳥時代あたりは記紀の記述にべったりなのでしょう。
(2)の「吉野時代」も、南朝正統論に立脚した表記なのだろうと思われます。この辺は同時代の日本史教科書を見たいところですね。
 朝鮮は古朝鮮(箕子・衛氏)→三国時代(高句麗・百済・新羅)→(統一新羅)→高麗→朝鮮→韓→併合。衛氏朝鮮は漢に併合ないし征服された扱いです。任那が載っていない理由は不明。まあ、朝鮮史で三国時代といえば高句麗・百済・新羅ですから、その線で述べていると考えれば疑問はありません。
 朝鮮と支那の間に渤海→遼→金が入っています。支那の塞外民族扱い。
 支那については周→(春秋)→(戦国)→秦→漢(前漢)→新→(後漢)→(三国)→西晋→東晋→(南朝)→隋→唐→(五代)→宋→(南宋)→元→明→清→支那共和国(中華民国)となっています。魏晋南北朝期の北朝については後魏のみ掲載。塞外民族として匈奴→鮮卑→突厥→回紇が挙げられ、西遼・西夏が国として扱われています。蒙古(モンゴル)は元に結びつく国として記述されています。また、点線で帖木兒(ティムール)に連結しています。なお、脚注で「支那は周より始まりにあらず、周より約千五百年以上の古史伝を有すれども、紙幅の関係上しばらく周以前を省略するものとす。印度の太古も亦本表以前に起こるものと知るべし」と注意喚起されています。
 印度は釈迦→阿育王(アショカ王)→カニシカ王(原文ママ)→(帖木兒(ティムール))→莫臥兒(ムガル)帝国→(英領印度)。ムガル以前の各国(デリー・スルタン朝など)は、この表からはカットされています。
 年表のあと、釈迦図(唐の呉道玄筆と伝えられる、京都東福寺所蔵の画)、孔子の像の写真(山東省曲阜県城内大成殿のもの)が収録されています。
 目次に先立って例言(注意事項に相当)が入って、目次になります。

目次

例言(p.1)には「本書編章の目次は、文部省所定の中学校教授要目に準拠したるものである」とありますので、章立てに準じて構成を見てみます。

  1. 上古史(およそ約五千年前より皇紀九百年代、西暦二百八十年ころに至るまでおよそ約三千五百年間)
    1.1 上代の支那
    1.2 夏殷周
    1.3 春秋・戦国
    1.4 周代の文物 孔子
    1.5 秦の統一
    1.6 漢の統一
    1.7 武帝の業 四夷の服属
    1.8 前漢の衰乱 後漢
    1.9 西域との交通 印度 仏教の東流
    1.10 両漢の文物
    1.11 三国 晋の統一
    ※一見しておわかりの通り、ほぼほぼ中国史です。このあたりはかなり後代に至っても変わりなさそうです。編ごとに大体何年間を扱っているかが示されていることが特徴的ですね。

  2. 中古史(皇紀九百年代より千八百年代、西暦千二百年頃に至るまでおよそ九百四十年間)
    2.1 胡族の侵入
    2.2 南北朝 隋の統一
    2.3 唐の創業
    2.4 玄宗 安史の乱
    2.5 唐代の文物・宗教 南海の貿易
    2.6 唐の衰亡 五代
    2.7 宋の統一 渤海・遼・金の興廃
    2.8 宋代の文物
    ※引き続き中国史です。このあたりまでは『十八史略』に近いのかもしれません。

  3. 近古史(皇紀千八百六十年ころより二千三百年ころ、西暦千六百四十年ころに至るまでおよそ四百四十年間)
    3.1 蒙古の勃興
    3.2 元の世祖 宋の滅亡
    3.3 東西の交通 マルコ・ポーロ
    3.4 元の衰亡 諸汗国の盛衰 帖木兒
    3.5 明の統一
    3.6 明の衰運 満州の勃興
    3.7 莫臥兒帝国 葡萄人の来航 通商及宣教
    3.8 元・明の文物
    ※ここから欧州とのからみが出てきます。ようやく印度について、ムガル帝国を扱います。

  4. 近世史(皇紀二千二百六十年ころより現代に至るまでおよそ三百二十年間)
    4.1 清の統一
    4.2 聖祖 高宗 清・露の交渉
    4.3 辺外の征服 清の文物
    4.4 英国の東方経略
    4.5 阿片戦争
    4.6 長髪賊 英・仏軍の侵入
    4.7 露国の満州経略
    4.8 露国の中亜細亜経略 伊犁事件
    4.9 仏国の印度支那経略 清仏戦争
    4.10 清国に対する諸強国の圧迫
         (1)北清事件に至るまで
         (2)北清事件以降
    4.11 支那の革命
    4.12 東洋近事
    ※多分、物議を醸しそうな記述があるとすればここかと。意外と北清事件の扱いが重いですね。

  5. 歴代地図
    地図は折込ですが、教科書の横に広げて参照できるよう、内側1ページ分が白紙になっています。
    5.1 第一図
     ① 亜細亜地勢略図
     ② 周代以前要地図
     ③ 春秋時代要図
     ④ 戦国時代略図
     ⑤ 古朝鮮時代略図
     ⑥ 印度古代仏教霊場並びに亜歴山大王遠征行路略図
    5.2 第二図
     ① 漢代亜細亜図
     ② 漢楚分争図
     ③ 三国鼎立図
    5.3 第三図
     ① 唐代亜細亜図
     ② 北宋・遼・西夏対立図
     ③ 南宋・金・西夏対立時代図
    5.4 第四図
     ① 元代亜細亜図
     ② 元代版図拡張図
    5.5 第五図
     ① 明代亜細亜図
     ② 清初亜細亜図
     ③ 清初満州図
    5.6 第六図
     ① 列強亜細亜侵略図
     ② 露国中央亜細亜侵略図
     ③ 露国極東侵略図
     ④ 仏国印度支那侵略図
    ※最後の第六図「列強亜細亜侵略図」が目を引きます。独立国としては日本帝国、支那共和国(中華民国)、暹羅(シャム)王国、アフガニスタン王国、波斯(ペルシア)王国が挙げられています。この他名義上の独立国としてブータン、ネパール王国、オマーン王国が挙げられています。ちなみにアフガニスタンは第三次アフガン戦争によって1919年に完全独立を果たしたところです。まさかその後ああなるとは・・・・・・

と、いうところで今回はこれにて。以後、少しずつこの教科書を読み進めていきます。


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