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小説『救ってください、龍宮さん』第一話 終

 青々と茂る葉桜を、初夏の兆しをほんのり含んだ太陽が照らす。その下を紺色の制服を着た学生達が各々のスピードで歩いている。
 戸松とまつ麗易れいは周りから投擲される羨望、嫉妬、好奇などを鋳溶かした視線の手裏剣に若干辟易しながらも、極めて無表情を装っていた。彼が的にされている理由は単純。見目麗しい女子生徒二人が彼を巡って小さな火花を起こしていたからだった。
 一人は同じ二年二組のクラスメート、龍宮たつみや仁美ひとみ。もう一人は先週から正式に揚羽学園に転校してきた圓浄えんじょう真菰まこもだった。
「真菰さん、麗易は私の恋人になったの。だから、腕絡めないで」
「何を仰いますの、仁美さん。麗易様は私の許婚でしてよ?まあ、自称恋人を名乗るだけでしたら、構いませんけどね」
「はあっ?なに言ってんの!?麗易、アンタからも何か言ってよ」
「二人共、静かにしてくれ。…………悪目立ちしたくないんだ」
 ここしばらく外していた伊達眼鏡を制服の内ポケットから取り出し、乙女二人の攻防を面白がって傍観している生徒らに顔を記憶されぬよう、所定の位置に取り付けた。
 麗易達陰陽寮おんみょうりょうの魔術師と上杉一派の戦いが終結してから揚羽学園再開までに約十日ほどあったが、仁美をスケイルから助け、そこから志津を追い詰めた三日間よりずっと短く、淡々と過ぎ去っていった。
 麗易達を見送ってくれた周防豪気と御巫鶴露も無事に帰還し、堀越一花も一命を取り留めた。小清水翔也に追従していた外法師らは全員、陰陽寮の地下牢に投獄された。仙台市の方でも龍宮紗里奈と志津一派の凄まじい戦闘が確認されたらしく、そこで死に損なった外法師らも同様の処分に付されたという。
 緑毒鱗も全て消滅した事が他の新たな派遣部隊との合同捜査で明らかとなり、スケイル殲滅作戦は昨夜、完遂が宣言された。上杉志津の死亡も捜査報告レポートにしっかりと記載され、外法師番号0322の数字には赤い二重線が引かれた。
 こうして、貞能町事件には幕が下され―――仁美アンド真菰のポジション合戦に至る。この戦いは朝、アジトを出てからずっと続いている。お陰でいつもより登校時間が延びまくっているのだ。校門までもう十メートルほどなのに、その距離がフルマラソンの距離なみに感じられる。ちなみに、朝のホームルームまであと十分ほどしか猶予は無い。
「ねえ、三人とも。公衆の面前でいちゃいちゃしてると目立つよ~?」
「そうだぞ、仁美。それに、真菰。…………遅刻するぞ」
 後ろから耳慣れした声にシャツの襟首をひっかけられる。滑らかな茶髪ポニーテールと黒漆のボブカット、北條三和と扇谷沙智である。
 あの第一地区を灰燼に帰した戦いの後、上杉志津は麗易の魔術による拘束を抵抗無く受け入れた。手酷い斬撃でぼろぼろになっていた志津、改め沙智は朱膳寺小春の治療で、みるみる内に回復していった。一足先に退院していた三和がお見舞いに来た際、沙智は三和に対して深々と頭を下げて謝り、それに三和が目を白黒させるという一幕もあったらしい。
 ともかく、こうして仁美が敵対していた外法師を生かしてまで望んだ「いつも通りの日常」は無事に戻ってきた。
「えっ、あっ!ホントだ!?麗易、ほら急ぐよ!」
 級友二人の登場という一瞬の虚を突いた仁美は麗易の右手を取って校門までパワフルに引っ張っていく。そのやや強引に導いてくれる彼女に今は安堵感すら覚えている。
「ちょっと、仁美さん!?」
 仁美に想い人を取られた真菰が頬を真っ赤にむくれさせながら校門をまたぎ、麗易の左手を取った瞬間。軽やかに朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
 三人で顔を見合わせ、仁美と真菰が申し訳無さそうにこちらへ視線を向けてくる。
「ち、遅刻だね……………ごめん、麗易」
「調子に乗りすぎましたわ………申し訳ありません、麗易様」
「気にする必要は無い。たまにはこんな日があっても良いだろう」
 謝る二人を手短になだめ、麗易はすたすたと教室に向けて歩き出す。戸松家という監獄で一生、日の目を見る機会の訪れなかったであろう自分が遅刻した言い訳を編みながら歩く月並みな生活を送れる事など想像もしていなかった。
 青空に輝く太陽が照らす、未来へ続く道を噛み締めるように一歩ずつ、歩いていく。

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