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風さん、満ちてゆく



今日もまた、
実りの無いセールス
きっと、僕は向いてないのかな
明日こそは上手くゆきますようにと、
軽くステップ踏んでみるけれど
おまじないは簡単には効かないね

タクシーに乗り
地下鉄に乗り、
見覚えのある彼女を
隣りの車両に見つけた
セールスなんて、
そっちのけ!
決まってるだろう
僕らにはいつ別れたのか
思い出せないくらいの、
月日が流れていたんだね 

白いドレスを着ながら
君は青い海の底へ
沈んでいった
届きそうで
届かなかった僕の
この指は君のために、
どんなメロディを
奏でればいい?
時折りゴムボードに
乗り君を探しにゆくんだ

今日もまた、セールス
あちこちから断られた
人がやっと通れるほどの
倉庫でアレでもない、
コレでもない僕は、
いったい何を探している?

大雪が降ったあと、
僕は君に会いに
墓地へ行った
白雪姫みたいに、
君は眠りに就いて
どんな想いでを
抱いている?
そして僕は突然、
なぜか思い出したんだ
幼い僕を初めてピアノに
会わせてくれた母のこと
教会のステンドグラスの
前で僕は跪き神に祈るよ 


年老いたこの指で
バーでピアノを弾きながら
思い出すよ、
呑んだくれて喧嘩していた
若かったあの日々のこと

人生は儚く短い
それはショートフィルム
のように足速に過ぎて
気がつけば半世紀も経ち
今でも独り身で僕はいま、
車椅子だけが相棒なのさ

あの日、僕を捨てた母を
地下鉄の隣りの車両に
見つけて追いかけて、
母は微笑みながら
消えたけれど、
恨んでなんかないよ
あなたの記憶は途中で
消えたけれど、
あの頃のまま、
あなたは綺麗だから


ああ、もう時間が無いね
何ひとつ書き残せなかった
記憶は、まばらなパズルみたい
読む人もいない、だけどそれは
確かに僕の生きた証し
ああ、少し寒いな

その時、ふわり、肩に柔らかい
毛布の様なものを感じた
薄れゆく意識のなかで、
僕はまた青い光りの
海の底へ
沈みゆく君の手を
探している

届きそうで、
届かない
僕らの指は
それでも、
ずっと、
微笑み続けるだろう

見つめ合ったまま、
ふわり温かい
青い光りの海の底で


#藤井風
#満ちてゆく
#オマージュ
#自由詩
#現代詩
#ショートフィルム






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