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今日のぼくの良かったところどーこ?(1)

寝ているはずの次男が、私がお風呂から上がったタイミングでやって来て、「おかあさん、今日のぼくの良かったところどーこ?」と訊いてきた。

これには訳がある。直前に、次男を叱ってしまっていた。しかも、勉強をみてやっている最中にイライラして、「問題文をよく読みなさい!そこに書いてある!」とやってしまった。

胸が痛い。

次男とは仲直りしていたが、この日は次男もそこそこ怒っていたし、感情をあらわにしていた。

もう自己嫌悪に陥る。次男をぎゅっとして、「ごめんよぉ。お母さんがいかんかった。ぼーぼ(次男)は頑張ってたのに酷いお母さんだ。怒られても最後まで頑張ったの知ってるよ。1日元気に過ごしてくれて、お母さんの可愛い子供でいてくれて、ぼーぼがいてくれるってだけで良いんだよ。今日はそれに英語も楽しくやってたし、自分からいろんなことやってたよね。なのにお母さんは時々悪いお母さんになってしまって、いかんね・・・。」

次男:僕は怒られるのが嫌なんじゃ無いんだよ・・。

私 :知ってる。怒っちゃいけない時に怒るから嫌なんだよね・・。

次男:(うなずく)

私が大声で怒鳴ったところでマイナスの効果しかなく、次男は最悪勉強嫌いになりかねない。

あまり叱っていなかった

実は次男については、ほとんど叱ってこなかった。むしろ、褒めて褒めて褒めちぎることのほうが多かった。叱る必要があまりなかったのと、褒めるととても嬉しそうにするので、そうしたいと思っていた。

次男は出産からして安産、育てやすいと感じた。第二子になるとこんなに感じ方が変わるのかと驚嘆していたくらいだ。

次男が生まれて久しぶりに長男を保育園に連れて行った際、先生に「1+1=2じゃなくて、5でしょ?」と言われたことがあって、なるほど一般的にはそう感じるものなのかと思いつつ、自身の感覚としてはむしろ子育てが楽になったように感じていた。

確かに次男が生まれてから、長男の大変さが増したことで、1+1=3くらいにはなっていたのだと思うが、一人だけの時の方が大変だったかもしれないと感じることも多かった。

いつもお兄ちゃんに手がかかってしまい、本当は次男の元にももっと行ってやりたいのに、放置気味になってしまうことも多かった。

それで、こちらは待たせ過ぎて申し訳ない気持ちで次男のところに行くのに、次男は私を見ると全身で喜びを表し、僕のこと放置しておいてなどという不満そうな素振りは一切見せない。

こちらはとても救われる。もしかしてお母さんを助けるために産まれてきてくれた?!と本気で思っていた。

当たり前だが兄とは違う

このnoteでは長男が知的ギフテッドであることについて色々と書いてきた。その部分は今回割愛をしている。

その長男と単純比較すると、4、5歳時点での次男の読書量が圧倒的に少ないことが気になるようになっていた。それでも、これも全て親がリソースをさけず、読み聞かせを兄ほどにしてやれなかったことが原因だと考えていた。

言い換えると、長男が本好きになったのは、親が乳児期からやっていた読み聞かせの効果だと思っていた。

夫がよく言っていた。「ドラ(長男)はお母さんが小さいときから読み聞かせしてくれてたから本を読むようになったんだよ。ぼーぼ(次男)にもしてやってほしい」と。

私も次男に対して手薄になりがちなことはずっと気になっていた。それにも関わらずニコニコしている次男を、到底叱る気にはなれなかった。次男に一刻も早くもっとリソースを向けてやらねばと思っていた。

(2)につづく