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短歌五十音(そ)染野太朗『初恋』

悲しみはひかりのやうに降りをれど会ひたし夏を生きるあなたに

『初恋』は染野太朗の第三歌集。
恋人のいる「きみ」を思う、行き場のない主体の感情が繰り返し描かれる歌集である。

染野太朗は1977年、茨城県生まれ。高校在学中から作歌を始め、「まひる野」に入会。第一歌集『あの日の海』で日本歌人クラブ新人賞、第二歌集『人魚』で福岡市文学賞を受賞している。

またきみをうたがひ胸は呼びよせる海にしづんだ無数の船を
聞きづらいときは顔寄せてくれることも灯台の灯のやうで近づく

恋の相手の言動によって一喜一憂してしまう心情が描かれる。
1首目、「きみ」のことをまた疑ってしまう。船は猜疑心の喩えか。一旦心の底に沈んでいた猜疑心がまた浮かび上がってきたのだろうか。「無数の」というところで、これまでにも何度もこういった瞬間が主体の中にあったと推測した。
2首目、主体の声が聞き取りにくかったのか、相手が顔を寄せてくれる。その顔は灯台のように自分を照らすように見えて、主体もまた相手に近づく。

主体が目の前にいない時も「きみ」のことを思い出すシーンが度々描かれる。

ばちばちと雨受くるきみでなき人の傘がやたらとおほきく見えた
夢のごとく爆竹が鳴りほんたうはきみと聞きたかつたと気づいてしまふ

1首目、自分の前にいる人の傘が雨粒を受けている。ばちばちと言う雨音と傘が大きく見えることが、かえって「きみ」の不在を強調するようだ。
2首目、「精霊流し」というタイトルの連作の中の1首。精霊流しは長崎の盆の伝統行事。精霊船が曳かれ、爆竹が光り鳴っている幻想的な風景の中で、この音を「きみ」と聞きたかったのだと主体は気づく。
主体の中にある「きみ」への強固な思いを感じる2首である。

もうそばにゐたくないのに花束をほどいて挿して水を与へて
逃げることが追ふことだった 声のやうにゆらめく黄蝶 そっちは海だ
きみには恋人がゐるといふだけのことをどうしてきみもぼくも花束のやうに

1首目、相手のそばを離れたいと思いながら、それでも繋がりを続けてしまう心情を読んだ歌だろうか。
2首目は1首目と同じ連作の中で、1首目の次に置かれている歌。相手から逃げたつもりが結局は追うような形になっているということか。黄色い蝶は相手のことを喩えていると読んだ。結句の「そっちは海だ」に、追い詰められたような主体の気持ちと行き詰まっている二人の関係性を想像する。
3首目、歌集の一番最後に置かれている歌で、再び「花束」が出てくる。正直なところどうして「きみ」に恋人がいるということを二人が「花束のように」捉えているのか読解できていない。この事実を必要以上に二人が大きく感じてしまっている、ということだろうか。他の人がこの歌をどう読んだのか聞いてみたい。

「きみ」に恋人がいるだけでなく、主体にも性愛の相手がいることが歌集の中で明かされている。一筋縄ではいかない大人の恋愛の、やるせなさと切なさを感じる歌集だった。

これもきつと最後の恋ぢやないけれど海風、奪へいつさいの声

次回予告

「短歌五十音」では、ぽっぷこーんじぇる、中森温泉、初夏みどり、桜庭紀子の4人のメンバーが週替りで、50音順に1人の歌人、1冊の歌集を紹介していきます。

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本稿が、みなさまと歌人の出会いの場になれることを願っております。

次回はぽっぷこーんじぇるさんが玉城徹『左岸だより』を紹介します。お楽しみに!

短歌五十音メンバー

ぽっぷこーんじぇる
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中森温泉
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初夏みどり
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