上野彦「死体は語る」書籍紹介


かつてドラマ化されたことでも話題の一作である。著者が法医学者として長年向き合ってきた数々の変死体とその事件の様子を綴る一冊である。

専門的な見地が半分、情に訴えるような文学的文章が半分、といったところであろうか。

法医学的な見地・知識の吸収を図るにはあまりに薄く、小説として読むにはあまりに情感・心理の描写に書く一冊である。

また、この一冊の大きな問題点として、情報が極めて古いという点が挙げられる。取り上げられている例はいずれも昭和後半のものがほとんどである。現代であれば親子鑑定がDNA型鑑定で容易に行われることは一般の方々でもも知っている事実であろうが、本作に登場する例では、血液型の鑑定を当時の法医学鑑定の最先端技術として用い、状況証拠とともにその判断を裁判所にゆだねている。

すこし学のある方なら、これらの内容がもはや古典や昔話に近いものであることはすぐにご理科頂けるであろう。


また、主語がない文章、主語が検視を行う著者である文章、主語が事件の当事者である文章が散在しており、独特の読み方をしなければ状況把握に躓くことも多いのではなかろうか。


ドラマ化されたという事実が裏付ける通り、様々な死の現場とそれに伴う使者との対話、遺族とのやりとりは物語として非常に興味深いものであるが、その点の描写を中心に読もうと思うと、いささか物足りなさを感じるのではないだろうか。

言わずもがなではあるが、学術的見地をメインにおいて読み進めていくにあたっても、その技術と見解があまりに古いものであることは、ある程度の常識を有していれば容易にわかることであり、得られる知見は皆無となるであろう。


珍しく批判的な文言ばかりの一項となった。

積極的に読んでくれと推薦することはあえてしないが、分量のボリュームとその日記のような軽い文体は、電車での移動のお供にでもちょうどいいのではないだろうか。


この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?