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#2 古座川町|紀南での葛藤が今の仕事に繋がっている。人の流れを生むコーディネーター・今上亜也さん

出会い

大阪から特急で約4時間。そして、名古屋からも約4時間。和歌山の紀南にある、那智勝浦町へやってきた。

まず驚いたのは、街中の至るところにマグロの無人販売所があることだ。商店街もマグロを提供するお店がいっぱい。店の看板もマグロ、足湯に描かれている絵もマグロ。まさにマグロの街。

翻訳、ゲストハウススタッフ、経理、SNS運用とさまざまな仕事をしている、今上亜也(イマガミアヤ)さん。大阪で生まれ育ち、現在は和歌山で暮らしながら幅広く活動する印象を受けるが、働く上での葛藤もあったという。和歌山への旅で出会った亜也さんに、仕事について率直に伺った。

潮風がほんのり香る紀伊勝浦駅の目の前に、宿泊予定のゲストハウス「Why Kumano」があった。夜には熊野古道を歩いてきた人や日本一周中の人、リモートワーカーなどの旅人たちとスタッフが集まり、クラフトビール片手に穏やかな時間が流れる。

短期でスタッフ業務を担当していた亜也さんは、同世代ということもあり、気さくに接してくれた。フリーランスとして働く亜也さんは、翌月に会社への転職を控えており、働き方の転換期だという。翌朝、毎朝訪れるという勝浦港の足湯に浸かりながら、話を聞いていく。

不安を抱えていた学生時代

大阪出身の亜也さんは、新卒入社した会社の転勤で和歌山へやってきた。

「天王寺がある阿倍野区で生まれて、堺市で育ったんよ。生粋の大阪人。あんまり強い関西弁は出ないけどね。今は色んな仕事を掛け持ちして、ゲストハウスでも働いてるけど、学生のときは、旅好きでアクティブというタイプでもなかったなぁ」。

大学で英語を学び、とある日本酒バーの常連となる。その日本酒バーを運営していたのが、その後新卒で入社する会社だったそう。主な事業はゲストハウスやホステルの運営だ。

「そこで働く人たちは、自分なりの判断軸を持っている芯の強さがあって。すごくカッコ良かった。私も今後の時代を考えたときに、言われたことだけをやるような思考はまずいなと思ったの。漠然とした不安があったんだよね。国際的なゲストハウスだったから、ずっと学んできた英語も生かせるし、ここで働こうって決めた」。

入社後は大阪のホステルに配属、スタッフとして3年間勤務した。そして、和歌山の田辺市本宮町にあるゲストハウスへ、マネージャーとして異動することになる。

「実は和歌山のこと、こうして住むまで詳しく知らなくて。アドベンチャーワールドと那智の滝のイメージ。当時はとにかく新しい環境への期待でいっぱいだったよね」。

半年ほど本宮町のゲストハウスで働いたのち、熊野本宮観光協会の職員や別のゲストハウススタッフとして働きながら、本宮町での暮らしを続けた。そして、2021年7月よりフリーランスとして働き始める。

風の吹くままに生きてきた

亜也さんは翻訳、ゲストハウススタッフ、経理、SNS運用と、実にさまざまな仕事を器用にこなしているように見える。

「器用だっていわれることもあるけど、周りにも助けられているし、本人としては風の吹くままに生きてきたというか。フリーランスになってからも、固定給が払われていた会社員の良さを改めて実感したり。お金のリテラシーはもっと早くから身につけておけばって思ったよ」。

やることが多いからこそ、スケジュールはきちんと立てる。フリーランスになってからタスク管理を意識的に行うようになったという。

「朝起きたら本宮では散歩、那智勝浦では足湯に浸かるようにしてる。頭が騒がしい状態をリセットできるし、タスク管理の時間でもあるんだよね。時間に余裕があったら読書もするかな。和歌山に来てから、こういう穏やかな時間が増えた気がする」。

「おおきによー」が飛び交う日常

初めての和歌山暮らしが始まると、涙が止まらなくなったという。

「本宮町の大自然のなかを歩いているとね、涙が止まらなくなったんよ。ついでに鼻水も。森に囲まれている土地で春だったもんだから、涙の理由は花粉症ね。大阪に比べるときつかったんだよね」。

大阪で育った亜也さんからすると、和歌山の人は物腰が柔らかい人が多いらしい。

「大阪が激しいからかもしれないけど、口調がゆったりしているように感じるよね。私が嬉しかったのは、出会い頭に『おおきによー』って言ってくれるところ。店に入ったり、電話に出たりすると、みんな気軽に『おおきに』っていう。最初は『お礼いわれるようなことしてないよ』って恐縮してた。だけど、この言葉を聞くと穏やかな気持ちになるんだって段々気が付いた。今ではとっても好きな言葉」。

限界集落で暮らすフリーランスの葛藤

本宮町ではゲストハウスに住み込みで働いていたこともある。フリーランスになってからは、本宮町の限界集落にある古民家を借りる選択をした。その葛藤も話してくれた。

「ずっと他人の家を借りている感覚があって、自立して生活してみたいと思ってた。そのとき縁があって借りられる家が見つかってね。そこが限界集落だったの。限界集落に若者でさらに移住者が来るってことで、近所の人からすごく気にかけてもらったの。野菜や果物をおすそわけしてくれたり、話しかけてくれたり、距離が近かった。だけど、それゆえの不安もあったかな」。

距離が近いことは嬉しい反面、戸惑うこともある。

「リモートで仕事をしてたんだけど、若者が家で仕事をするって発想がなかなか湧かないみたいで。『何をしている人なの?』って何度も聞かれてた。悪意はないってわかってるつもりだけど、周囲からずっと見られてる感覚に陥って、息苦しさを感じてしまったり、それを正直に話せない孤独感だったりね」。

上手く自分のことを説明できないもどかしさ。周りとの距離感の難しさ。どこでも仕事ができるということは、どこを選ぶのか自分で考える必要がある。そして、亜也さんは悩みながら古民家を出て、さらに南へ向かう。

シナジーを起こしたい

那智勝浦町のゲストハウスの仕事は短期のみ。今後はフリーランスから会社員へと働き方が変わるそう。

「次は古座川町にある観光事業を行う会社に入ることになってね。本州最南端のシェアオフィスの運営やイベント企画を担当するんだよね。さらに週末は副業でWebライターとして東紀州の取材に関わる予定。会ったことのない人たちに会えるのが楽しみでさ」。

英語を学び、ゲストハウスで働き、フリーランスとして色んな人たちと会ってきた。亜也さんのこれからは、今までの経験を紡ぎ合わせた結果のような気がすると伝えてみる。

「確かに繋がっているよね。私はね、人の流れを生みたい。シナジーっていうのかな。色んな仕事をしてきたけど、一見共通点のない人たちがシナジーする状態ってすっごく面白い。その相乗効果が生まれやすいのは、人が行き交う観光かなって思ったの。葛藤もあったけど、今後どんなシナジーを起こせるのか今から楽しみだよ」。

編集後記

亜也さんから感じる穏やかさは、なんだか和歌山という場所と似ているように思う。

人柄と土地柄は似ていくものだろうか。亜也さんの人柄だからこそ、和歌山に惹かれたのか。答えのない問いを思わず考えてしまう。

和歌山へ旅をして、印象に残ったのは”人”だった。豊かな自然や美味しい食べ物、それらは旅に欠かせないものであり、和歌山でも堪能できた。しかし、和歌山で働き、暮らしている人たちに触れると、後からその人たちを思い出さずにはいられなくなってしまう。

亜也さんの穏やかな口調の内側にある、人を繋げていく熱意と葛藤に触れていたら、「はたらくこと」について改めて考える勇気をもらった。仕事とは固定されたものではなく、変わっていくもの。未来を想像することは時に難しいけど、過去と今の繋がりを紡ぎ合わせて、しっかり生きていこうと思えた。

【今上亜也さんのSNS】
Twitter:https://twitter.com/RVjpn
note:https://note.com/aya_imagami/
stand.fm:https://stand.fm/channels/616c2fd9afa93b18fc5e8c34


【筆者紹介】

蓮池ヒロ
1993年生まれ。静岡出身。大阪在住。Web媒体を中心としたフォトグラファー・ライターとして2018年に独立。「テントテン(点と点)」をコンセプトに、誰かの些細なきっかけを作るべく、仕事と表現に向き合っている。最近は対話と個人メディアの運営に力を入れている。趣味は読書、深夜ラジオ、バイク、ダイビング。
Instagram:https://www.instagram.com/hiro_hasuike


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