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愛よりも恋よりも確か

欲情がすべてだった。お互いに欲情するという事実は、愛よりも恋よりも何よりも確かな”根拠”だった。一緒にいる”根拠”。すぐに会いたくなる”必然”。

愛も恋も望まず、彼の欲望だけをほしいままにしていたら良かったのだろうか。実際問題、彼の性欲にとっての最優先事項はわたしだったのだ。それでもわたしは、「最優先」ではなく「独占」を望んだ。欲情の奥に「愛」を探した。

Photo by Peaky Blinders (on NETFLIX)

トランクスも履かずにぐったりと寝そべったままの彼、わたしは細かく震えながらその胸に手を回す。

「わたしより気持ちいい人が現れたら言って。そんときは終わりにしよ」
「ふふ。いまんとこいないなあ~。」

強がりだった。

”どうせ他にもヤッてる女はいるんでしょうけど、わたしが一番いいでしょ?だからあなたはわたしから離れないでしょ?”なんて、そんなこと本気で思っているわけがなかった。

あなたにはわたしが最上にして唯一の女。

そう確信させてほしかっただけ。それなのに、傷つかないために張り巡らせた分厚い鉄条網のてっぺんに、さらに、ちまちまと、こつこつと、釘や棘を接着していたのだった。「他の女もいるんでしょうけど。」という譲歩を。

それに引き換え、彼の「いまんとこいないなあ~。」という台詞は、正真正銘、真実の回答だった。確かに他にも女はいるが、快楽で比較できる女は他にはいない。彼の素直な感想だったのだ。彼はただ無邪気な絶倫だった。

彼はそのまま眠ってしまって、眠ったときだけにいつもするように、わたしを抱き寄せた。わたしは抱き寄せられたときいつもするように、息を殺した。この瞬間が過ぎ去っていくのが惜しくて。

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なんていうことをものすごく久しぶりに思い出した。

当時わたしが書き残しているメモを見ると、よく脚色しているなあと思う。

彼の屹立を、愛情に読み替えるという稀有な脚色を。

自分が信じたいように。

彼は確かに日常的にわたしを”欲した”し”愛した”し”満たした”けれど、それは彼にとっては限りなく肉体的な行為だった、というだけだ。

でも、当時のわたしにはそれが何よりも確かなものに思えていた。

「わたし、好きとか言われるより、セックスがいいって言われるほうが安心するんだよね」
「へえ。セックスがいいですよ。」
「言わされてんじゃん(笑)」

懐かしいな。「欲情がすべて」だった関係、「欲情がすべてだと信じあえていた」関係。しかしその実、わたしは、彼の精子だけでなく、彼の心が欲しかった。

それは、膣と子宮では、回収しきれなかった。

のかな。あれはあれで彼の愛情の注ぎ方だったのかもしれない。

もう誰にもわからない。

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