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映画『THE FIRST SLAM DUNK』の感想※核心に関わるネタバレ有り※

どうしても観た日に感想を書きたいと思いつつ、余りに人の目につく場だとネタバレ配慮が難しいので備忘録として記事にしておこうと思う。

表題の通り、映画『THE FIRST SLAM DUNK』を劇場公開初日に見て来た。何を隠そう、連載当時から大好きだったマンガである。期待に胸は膨らみつつ、正直に言うと不安も半分、という気持ちで劇場へ足を運んだ。

周知の人も多いと思うが、封切り前のこの映画の評判ははっきり言って良くなかった。未公開の映画の期待度というものは、余程のことが無ければご祝儀相場的なものや期待感もあり、高めの評価が付きやすいのが一般的だが、この映画は直前に私が確認した時点で星2.7。お世辞にも期待されている、と言えるような数値ではなかった。その理由の主な点はアニメ版からのキャストの一新という点が大きかったのかもしれないが、正直言って、往年のファンがどのくらい満足のいくものになるのか、という点は大小あれど誰もが抱えていたのではないかと思う。

さて、そんな期待と不安入り混じる中で見た感想であるが、個人的にはもう最高だった。本当に最高としか表現できないくらいに最高だった。

一方で、恐らく物足りないと感じた層(特に原作のコアなファン)がいるであろうことも予測される内容ではあり、万人にとっての最高の作品ではない、という点も踏まえつつ、何故私個人がここまで良いと思えたかという話を項目別に紹介していきたいと思う。

①主役の設定が絶妙

いきなり核心のネタバレからスタートするが、宮城を主役に据えたのには度肝を抜かれた。そもそも、宮城は山王戦での活躍は一番印象が薄かったプレイヤーだ。桜木は言わずもがなの主人公で、前半の野辺と美紀男とのマッチアップからラストシーンを含め印象的な活躍が多かった。得点面で言えばパスとドリブルの二択を迫る覚醒から遂に沢北を抜き去った流川、前半で大きく消耗しながらも最後まで精度を落とさず最多の得点を奪った三井が勝利の原動力となったのは間違いないし、河田に手も足も出なかった赤木の奮闘も、魚住の衝撃のかつらむきと共に放たれる名言「泥にまみれろよ」を含め非常に印象的だった。一方宮城は、と言えば必殺のオールコートプレスを打破するキーマンとはなったものの、エピソードとして大きなものは特に無く、何より直接の得点シーンがほとんど無い(元々そういったポジションではあるが)のもあって描写が地味だったと記憶している。

それを踏まえての、主役宮城である。カッコいい井上雄彦の線画が動き始める導入から一気に観客の期待感が上がる中、突然の宮城の過去エピソードが始まり瞬く間に感情が置き去りにされる。最初は誰しも、「メンバーそれぞれの導入エピソードが準備されているのかな?」と思ったはずだ。何を隠そう私もそう思っていた。しかし徐々に明らかになる、「主役・宮城」という事実。困惑と期待入り混じる中で、ラストのラストでダブルチームの隙間を抜け出す描写にこれでもかというドラマを載せて来たのはシンプルに鳥肌が立った。

この配役については、原作ではミステリアスな部分が多くあまり多くを語られなかった宮城に対して、監督でもあり原作者でもある井上雄彦がスポットライトを当ててやりたいと思ったんじゃないか、と私は推測しているが、それと共に「全く違う角度のスラムダンクを見せる」という一種のスパイス兼飛び道具として盛り込まれたアイデアなのではないか、と思っている。

②令和の世にチバユウスケと10-FEET

オープニング、劇中、エンディング全てで音楽が最高だった。何を隠そう、チバユウスケと10-FEETである。これは私自身の個人的な趣味に合う、というシンプルな話なのかもしれないが、少なくともやりたいことをやりたい放題出来る環境でなければこの人選で映画は撮れないと私は思う。この辺の事情については後述しようと思うので、この項目では音楽についての詳細を深堀りして説明しておきたい。

そもそも全体として、音の使い方が非常に多彩で面白かった。ラスト20秒の完全無音は原作の伝説の描写の再現という意味で狙って使ったものだと思うが、それ以外のシーンでもリアルなバスケットボールを描くために、細かい音の使い方、呼吸などに強いこだわりが見られる、「音」の作品であるという所感が強く残る。

そして基本は緊迫感のあるリアルなバスケットボールの試合を表現しているというスタイルを貫く中で、要所で、しかもここぞというタイミングで流れる劇中歌。身震いするような、いや、魂が震えるような感覚でクライマックスに引き込まれていった感触をよく覚えている。

よくぞこの音楽キャストにしてくれた。エンドロールを観ながら一番に出て来たのはこの感情である。

③「井上雄彦が、作りたいものを作ったんだな」感

これはもう私の個人的なエゴなのかもしれないが、この作品が、仮に別な人間による脚本、監督だと聞かされて観ていたら、また違った印象だったのかもしれない。何せ、原作の重要な部分をバカスカすっ飛ばした作りになっている。山王戦の前半に出て来る名シーンはほとんど触れられてないし、言ってしまえば「月刊バスケットボール」のくだりは赤木のエピソードの焼き直しのように見える。

しかし、これが原作者の井上雄彦のやりたいことだと言われれば、充分納得出来る話なのだ。そもそも、映画で山王戦を撮る、となった時点でもっと安全に「置きにいく」選択はいくらでもあった。

準備期間からコアな映像をふんだんに使い、トレーラーのラストはもちろん「大好きです、今度は嘘じゃないっす」を使い、劇中音楽は今をときめくような、若者を含めた万人受けするアーティストを起用し、サブキャストには専業声優ではない芸能人を起用して多くの世代をターゲットにした作品に。もちろん主役は桜木花道で、原作を見たことが無い人でも導入が分かりやすいように、ある程度のエピソードと試合に至るまでの特訓の話を冒頭に盛り込んで、といくらでも「当たりそうな」戦略は思いつく。

仮に広告代理店が多くの意見を言えるようなパワーバランスの映画であれば、間違いなくそうなっていたはずだ。

しかし現実は、音楽に関しては先述の通りであるし、正直内容も全く知らない人が入っていくにはちょっと苦し過ぎるくらいにやりたい放題だし、トレーラーはほとんど何も核心に触れないまま、情報もほとんど何も出さないまま、訳も分からず劇場に足を運んでの「コレ」である。

全ては井上雄彦の手の平の上だったか。そう思わされるような、見事な戦略だった。

まとめ

「バスケの試合って、アニメーションでこんなにリアルな描写が出来るのか」

ストーリーから一旦離れて、この映画トータルで見た時の一番の「凄み」は間違いなくここにある。ドリブルのタイミングにビタりとハマった音と絵。過剰な演出要素がなく、人間らしい動きの範疇で展開される人間離れした技の数々。沢北のへなちょこシュートや、河田の鋼鉄のような筋肉など、映像で見たかった数々のシーンが精緻なクオリティで描かれている、それ自体でもう凄いことだったのだ。

何度も言うが、もうこれだけでも本来は充分だった。あの山王戦が、こだわり抜いた映像で、鮮やかに映像化されている。それだけで多くのファンの感動と称賛を間違いなく呼べたはずである。その確実な未来を放棄して、井上雄彦はギャンブルを仕掛けてきた。このバスケシーンの精巧さ、アニメーションの「基礎力」の高さをベースとして、全く違う角度から切り取った山王戦を見せるという勝負に出たのだ。

しかも映像の中では、意図したわけではないかもしれないが、何度も何度もインスタントなコンテンツ消費を是とする現代への挑戦状と思えるような描写が出て来る。井上雄彦がやらねば、一体誰が音楽どころかSEも無い完全無音のアニメーションをクライマックスに選ぶのか。「音の空白を開けずに編集する」ことが常識と言われるYoutubeでさえ倍速で再生されるこの時代に、である。

画一的な「面白い」へのアンチテーゼ。常識外れの連発で感動の消化不良を起こしながら、帰り道で私はそんなことを感じていた。

この映画を最高だと呼ぶ人もいれば、これは違うと思う人もいるだろう。しかしそれはもうその時点で、恐らく井上雄彦の術中にハマっているのだ。

自分の「好き」が誰かに「嫌い」と言われようと、またその逆が起きようと、別にそれでいいじゃないか。芸術や娯楽というものは、本来個々人のそうした小さなこだわりが積み重なった先に生まれたものなのだと再認識させられるような、そんな映画であったと私は思う。

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