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推しのオシッコ。

 「ねえ」
 「うん?」
 「オシッコのアイドルって知ってる?」
 「え?」
 「だから、オシッコ」
 「え、推しの子?」
 「違う。オシッコ」
 「オシッコ?」
 「オシッコのアイドルがいるんだって」
 「なにそれ」
 「ね」
 「ねって、あんたが言ったんでしょ」
 「うん」
 「いや、うんじゃなくて……」
 「あ、説明?」
 「説明っていうか、あんたが急にオシッコのアイドルとか言ったんでしょ、それでその反応はおかしくない?」
 「あ、説明ね、そっかー」
 「そっかーじゃなくて……」
 僕は考える。
 オシッコのアイドルなんて、もちろん冗談で、適当に笑わせるつもりだったのだけど、姉上は本気にしてるし(バカ)、でも、そのせいで、僕はオシッコアイドルの設定を考えざるをえなくなる。
 なので、とにあえず、思いつくままに喋ることにする。
 「いや、なんかね、そいつらは、自分たちが社会の排せつ物だ、とか言って、なんかオシッコに哲学的な意味を含ませてるらしいのね?で、なんか曲とか歌詞とかも、そのままオシッコとか、排せつとか、トイレとか、なんかそんな感じのコンセプトなの。で、その曲たちの中に、明らかにデザートの排泄物をパクった曲があって、バンギャから批判を受けていたんだけど、まあとにかく、そんな感じのアイドルグループでね、それで、なんとライブをさ、公衆トイレでやるんだって」
 「え、公衆トイレ?」
 姉上の、ギョッとした顔。
 「そう。でさ、ファンのおじさんたちも、なんかクサそうな奴らがうじゃうじゃでさ、まあそんなもんかもしれないけど、でもなんか面白そうだったからさ」
 「うん」
 「だから伝えたの」
 「……へー。それだけ?」
 「うん。まあ」
 「そのアイドル、名前は?」
 「えっとね、ビッコ」
 「ビッコ?」
 「う、うん」
 「なにそれ」
 「いや、それは……」
 なんとなく、思い付いただけだ。
 ただの冗談。
 下らない馬鹿話。
 バカじゃないと、本気にしない類いの話。
 「僕もよく知らない」
 「ふーん」
 姉上は考えているように見える。
 オシッコアイドル。
 ビッコの実在性について。
 本当にそんなアイドル、いると思う?
 そんなバカみたいなやつが?
 アイドルって?
 「それ、本当だよね?」
 そう訊く姉上は、なんだか真剣な表情だ。
 なぜ真剣なのか?
 それは分からないが。
 「うん」
 一応、そう答えておく。
 どうでもいいが。
 すると、姉上は、
 「調べるね」
 と言い、スマホを手に取りいじり始める。
 ポチポチ操作しながら、
 「これ、ウソだったら、許さないからね」  
 と言う。

 許さないからね?

 「どうして?」
 僕は訊く。
 「だって、許せないから」
 「なにが?」
 「そんな下らない冗談が通じる世の中が」
 「………」
 僕から見て、スマホを覗きこむ姉上のその表情は、どうやら本当に真剣で、なら、今言った許せない気持ち、つまりは怒りも、多分あるんだろうと思い、僕は、反射的に姉上のスマホを取り上げる。
 「なにすんの?」
 姉上は僕をにらむ。
 僕はなにも言えない。
 「返して」
 そう言う姉上は、本当に真剣そのものだ。
 だってオシッコじゃないか?
 だって下らない馬鹿話じゃないか?
 だってどうでもいいじゃないか?
 だってバカばかりじゃないか?
 だって、だってと、言い訳ばかり思い浮かぶが、しかし、どれも意味はないだろう。
 まずいな。
 ビッコがただの冗談だとバレたら、どうなるんだろう?
 姉上は、元々アイドルとかは嫌いではないみたいで、だからこそ、オシッコを推しの子と聞き間違えたし、僕も、推しの子をなんかテレビで見てて、下らねえなと、バカにしていたのだ。
 で、オシッコアイドルという馬鹿話を思いついた。
 推しの子=オシッコ。
 そういうことだ。
 僕はそう連想したのだ。
 でも、姉上はそうではないのだろう。
 これは、真剣なのだ。
 姉上は、怒っていいのだ。
 だって、僕はバカにしているのだから。
 アイドルを、推しの子を。
 君たちみんなを。

 さて、真実につながるスマホを、僕は手に持っている。
 でも、それが示すのは、僕のウソであり、バカさ加減だろう。
 それを明かすときが、もう来ているのだ。

 ちなみに、ビッコという名前は、つい先日解散した「ビッシュ」とかいうアイドルグループから来てて、つまり、それを連想したのだけど、なぜかと言えば、繰り返すが、僕はそういうのを心底バカにしていて、それが、深層心理的に、無意識に働いたからで、だから、こればっかりは、仕方ないのだ。
 だって咄嗟のことで、無意識なのだから。
 いや、言い訳ではなくて!

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