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パン職人の修造 143 江川と修造シリーズ flowers in my heart



flowers in my heart


今日は鴨似田フーズの創立30周年のパーティーだった。

NNホテルの豪華な会場に所狭しと鴨似田フーズの商品で作られた料理の数々が並べられ、招待客達は舌鼓を打っていた。

藤岡は兼ねてからの鴨似田夫人の念願だった『立食パーティーのサンドイッチコーナーで給仕をする』為に立っていた。客の希望のサンドイッチやタルティーヌなどを皿に取り分け渡す、その時笑顔がご希望だそうなのでニコッと笑って商品の説明を加えてから渡す決まりだ。

本来なら絶対やらないが、前回鴨似田夫人に助けて貰ったので今度はお礼に笑顔を振り撒きに来たのだ。

振り返ってみれば過去には俺ももっと爽やかな笑顔を自然にしてたものだ。パンロンドに就職した頃、立花さんを探す為に探偵に頼んだら結局見つからず料金だけ取られて頭に来て自分で探す事にしてパン屋巡りを始めた。自分でもその頃から険のある表情になって来たと気がついていた。

交際中の由梨の優しさと明るさのおかげで最近は笑顔が元に戻りつつあると思う。

会場で写真を撮って回っている歩田がさっきから藤岡の写真をバンバンに撮っている。きっと鴨似田夫人の命令だろう。

同じ会場にリーベンアンドブロートの大坂がいた。修造に頼まれて、周年記念の祝いの品を持って来たのだ。

「この度はおめでとうございます」受付で祝いの品を渡して帰ろうとすると、世話係の兵山に呼び止められる。

「リーブロの大坂さん、折角来られたのですからゆっくりして行って下さい」

「え、俺を知ってるんですか?」

「はい、江川さんの助手としてテレビに出てましたよね。見てましたよ」

「ありがとうございます。じゃあ折角だから少しだけ」

さあどうぞどうぞと会場に案内される。

普段着で着ているし居心地悪かったが、美味しそうな料理を見ているうちに気が変わり、ローストビーフや伊勢海老のグラタンを食べながらまだ何か食べようかななどと会場を見回していると、凄いイケメンがサンドイッチコーナーにいて、マダムがその周りを囲んでいる。

イケメンは皿を渡す時にいちいちマダムに言葉を掛けて笑顔を向けていた。

「あっ!あいつはあの時の、、」

大坂は思い出した。

笹目駅前のカフェで立花と話していて店から出て来た奴だ。

「超絶イケメンがなんでこんな所に」

大坂はコーナーの後ろから藤岡に声をかけた。

「あの、ちょっと話があるんだけど」

藤岡はまったく知らないこの男が自分の事を知ってる風だったので驚いたが、何故か話を聞かなければならない気がして少し離れた窓際にいざなった。

「君は誰?俺の事を知ってるの」

「俺は修造さんの店で立花さんと働いてる者だ」

「え」藤岡は立花の名前を聞いて身体が硬直した様になった。そして思い出した。江川の助手として先日テレビに出ていた男だ。江川となら分かるがあえて立花と言ってきたのは何故なんだろう。

「それで?」

「あんたと笹目駅のカフェで別れた後、あの人泣いてたんだよ、あの人はあんたの事を愛してる様だった」

「なんでその事を知ってるの」

「偶然店から出て来たところを見て」

藤丸パンの事、結婚の事、新生活の事、今はやる事が沢山ありすぎて毎日が目まぐるしく過ぎていく、過去の事はドンドン後ろの方に流れて行って正直分からなくなって来ている。

「俺は今いっぱいいっぱいで」

「だからあの人の事を思い出さないってのか」

「本当に申し訳ないけど、俺はもうあの人を忘れなくちゃならない、それに」

何故この男はこんなにムキになってるんだ。

「今は君がいるだろう」

付き合ってるわけでも無いのにそう言われて大坂は憤りと恥ずかしさが混同して顔が真っ赤になった。

「俺にはわかるんだ、あの人の心は傷を負っている」

「原因は俺なのか、だったら何故消えたんだ」

「それは」

「知ってるなら教えてくれないか、本当の事を。あの人が消えてからあちこち探した。そうこうしてるうちに俺は顔つきまで変わってしまった。今思えばあの時の俺は心がカスカスしていた」

「そうだったのか」目の前にいるイケメンが立花をなおざりにして来たとずっと思っていたので急に大坂は黙り込んだ。

それに本当の事は自分にも分からない。

その時、サンドイッチコーナーから並んでいたマダム達が呼ぶ声がした。

「ごめん、もう戻らなくちゃ。教えてくれと言ったのは忘れてくれ。あの人を頼んだよ」

大坂は帰る為にエレベーターに乗り下に降りた。

「なんだ頼んだよって、お前に言われなくても俺に任せろってんだ、俺がいるってんだ」自分でそう思いながら虚しい。

大坂の足取りは重かった。

ーーーー

気温が上がり、リーベンアンドブロートのテラス席の横の花々は色採りどりに咲き乱れている。

リーベンアンドブロートに2度目の夏が来ようとしていた。

江川は2階に上がって経理でパン職人の塚田と一緒に1周年記念の計画を練っていた。

「特別メニューをカフェで食べられるとか記念品を作るとかどうかな?」

「良いですね、江川さん」

「特別メニューは世界大会のパンの中から選んだら?」

「どんなのが良いでしょう、みんな食べてみたいと思います。それとカフェでなくても買って帰られるものもあったら嬉しいな」

2人で候補を紙に書き出してあれが良いとかこれが良いとか話してると修造が入って来た。

「修造さんこれ」と言ってパンのメニューを書き出したものを見せようとしたが修造はコックコートと靴を脱ぎ、ソファの真ん中にドスっと座って頭を端に反対側に足を乗せて「うぅ」と呻いて横になった。

その様子を慣れた感じで2人は見ていた。限界まで工房にいて疲れて耐えられなくなったらここで横になって休むのだ。

「お腹が冷えちゃいますよ」もういびきを書いている修造に江川がネットで買った可愛い毛布をかけてやり、ポンポンと軽くお腹を叩いた。

その様子を見ながら

「もうそろそろ年中無休はやめて週一回でも休んだらどうでしょう」と塚田が言った。

「そうだね、でもいつお客様が来ても良い様にしたいんだって」

「長い事家に帰ってないみたいだし、大丈夫なんですかね?独身じゃないんだし、そのう、奥さんが怒ってないのかな」

「どうなんだろう?怖くて家に帰れないのかしら」

「まさか」

2人は顔を見合わせてフフフと笑った。


つづく


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