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エッセイ

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記事一覧

「しかない」言葉に違和感ありませんか

「冗談じゃないわ!」
おばあさんは勢いよく椅子から立ち上がった。強張った膝をかばいながらどんどんと床を踏み締めて歩いたあと、ずばん!と勢いよく寝室のドアを閉める音に続いてがちゃりと鍵が閉まる音がした。おばあさんの怒りは最上級だ。長年のつきあいでおじいさんにはわかった。
ただその理由はわからなかった。

むかしむかしあるところで。
おじいさんとおばあさんは穏やかに暮らしていた。
おじいさんは山へ芝刈

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はばたけ いのち あるかぎり

ある夏の日、野球の試合が雨で流れて石巻に行った日のこと。
「雨は止んでるけど水はけがね、グラウンドの状態がアレだから、多分中止だと思いますよ」
駅で乗車して行き先を告げたとき、タクシーの運転手さんは親切にも懸念を表明してくれたのだけど、薄曇りの空にはほのかな太陽の光が見えていたから諦めきれなかったのは私。とりあえず球場に向かってみてください。というと、まあいいですけど、と運転手さんはすんなり了解し

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無用の用と無用の無用

藤原麻里菜さんの無駄づくり、ああいうのを無用の用というのかなと思いながら、おもしろくみさせていただいている。動画の後ろで流れている空中カメラの曲も好き。聴いているとなにか楽しいことがはじまりそうな気がしてくる。
無駄そうに見えて本当は大事、というのが無用の用だけど、無用の無用も嫌いじゃない。意味のあることばかりしてると息が詰まってしまうような気がする。というほど昨今、意味のあることもしていないし、

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万引犯確保の瞬間に立ち会った件

先日夕方、行きつけのスーパーで万引の現行犯確保の瞬間を目撃してしまった。

このスーパー、以前から万引き関連の張り紙が多めなのが気になってはいたのです。
「私服保安員巡回中」
「万引きは許しません」
「万引きは問答無用で警察に通報します」
「万引きは犯罪です」
等々。黄色や黒の背景色に赤字と明朝体を織り交ぜたいかにもな注意書きが何枚も。

というのもこのお店、ちょっと狙われやすそうな構造をしている

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会長ゴハン

「ねえお願い。そろそろナオシマさんに電話して。あいつはどうしたんだって、ここのところずっとぼやいてるから」
元同僚からそんな連絡が入ると、私の背筋はピンと伸びて全身を緊張感が駆け巡る。
ナオシマさんというのは新卒で勤めていた小さな会社の会長で、祖父と同世代の大先輩だ。元々は大手企業の役員で、その後いくつかの会社の社長を歴任したとか、とにかくすごい方だと聞いていた。普通なら新米社員の私が気軽に話せる

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お正月のカレーライス

元気をもらった食事関連で思い出した。
お節料理が苦手な私のために、おばあちゃんが毎年お正月に作ってくれたカレーライス。お正月だから、と肉がやたら豪華だったりおばあちゃんのこだわりがつまっていてものすごーくおいしかった。

おばあちゃんは破天荒なおもしろい人だった。カレーにも何か常人では思いつかない食材が入っていたのではないかと思う。
普通に作ってるだけだと本人は言っていたが、私が普通に作っても色々

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守るもの

少し範囲を広げて散歩をしていたら、少し懐かしい人に再会した。
どうも、とお互い会釈した後が続かない。沈黙に困っていい天気ですね、とか言ってしまった。そうですね、と相手は苦笑しながらも返してくれた。
じゃあ、と歩き出そうとしたら相手が意を決したようにやや大きめの声で言った。
「良ければ、またいらしてくださいね。もう大丈夫ですから」

その人はかつてよく通っていたバーのオーナーさんだった。
アルコール

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片付けと占い

少し前、ひさしぶりにテレビで「こんまりさん」をお見かけしたのをきっかけに片付け祭りが始まった。ご著書「人生がときめく片付けの魔法」全2巻に加え「おしゃべりな部屋」も読破し、みなぎるやる気。片付けをすれば人生は確実に変わります、というこんまり先生の言葉はすとんと響いた。

もともと片付けるのは嫌いではない(掃除はすごく苦手で嫌いだけど)から日々テーマを決めてはせっせと片付けている。大きなゴミ袋にたっ

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トップガンとツナパスタ

昨年のトップガン新作の大ヒットを私は少し苦しい気持ちで眺めていた。
面白いんだろうなとは思った。でもトップガン前回作に苦い思い出が紐づいていて、なかなか映画館に足が向かない。

数十年前、前回作が空前の大ヒットとなった頃、私は中学生だった。学校でもトップガンは話題になり、色々な話の流れで憧れていた先輩と一緒に観に行くことになった。学校以外の場所で会うのはもちろん初めて。デートという言葉が頭に浮か

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