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パタゴニアやカーブスの経営の特徴とは?「見識業」の5要件を分解する

従来の利潤を中心とした「利潤資本主義」から、人にとって良いことを判断基準とする「倫理資本主義」へと社会がシフトしています。そうした新しい時代に求められる経営モデルを、私たちGOB Incubation Partnersは「見識業」と定義。その実現に向けたプロセスを考察しています。

連載第4回の記事で、パタゴニアやカーブスなど、社会価値と経済価値を両立させ、見識業的な経営を実践する企業の実例を紹介しましたが、こうした企業には共通する特徴があります。それらを下図の通り「見識業を営む企業が備えるべき5つの要件」として整理しました。

見識業を営む企業が備えるべき5つの要件

筆者:山口高弘(GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役社長)社会課題解決とビジネス成立を両立させることに挑戦する事業支援を中心に、これまで延べ100の起業・事業開発を支援。社会に対する問い・志を、ビジネスを通じて広く持続的に届けることに挑戦する挑戦者を支援するためにGOBを創業。自身も起業家・事業売却経験者であり、経験を体系化して広く支援に当たっている。
前職・野村総合研究所ではビジネスイノベーション室長として大手金融機関とのコラボレーションによる事業創造プログラムであるCreateUを展開するなど、個社に閉じないオープンな事業創造のための仕組み構築に携わる。内閣府「若者雇用戦略推進協議会」委員、産業革新機構「イノベーションデザインラボ」委員。

主な著書:「いちばんやさしいビジネスモデルの教本」(インプレス)、アイデアメーカー(東洋経済新報社)


要件1:見識に基づくビジョン

まずはビジョンを明確に定めていることです。ここでのビジョンとは、その会社が存在することで社会がどのようによりよい状態になるのかを指します。

パタゴニアであれば、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」、カーブスなら「正しい運動習慣を広めることを通じて、お客様と私たち自身の豊かな人生と、社会の問題の解決を実現します」といったビジョンを掲げています。

いずれも自社と顧客の間の狭い関係に閉じることなく、より広く地域や社会、地球といったステークホルダーに対して価値を提供していくことを明示している点にも、見識業の特徴を見ることができます。

要件2:循環価値を定義

次に、ビジョン実現のために循環価値をどのように届けるのかを定義します。循環価値については前回取り上げましたが、つまりは社会価値と経済価値の両者を明確に定義するということです。

社会をよりよく変える直接的な要因は価値にほかなりません。5つの要件の中でも、最も直接的で大きな影響を与えるのはここです。

例えば買い物難民である高齢者向け移動スーパー「とくし丸」は、地域の販売パートナーが玄関先まで軽トラックで出向き、食料品を販売するという仕組みをとっています。各地の地域スーパーと提携し、そこから借り受けた商品を販売代行するビジネスモデルです。顧客からは、商品1点に対して一律10円を移動販売手数料としてもらい、うち5円をスーパーに、5円を販売パートナーに支払います。

プレスリリースより引用
プレスリリースより引用

サービス開始前は周囲から大反対にあったと言いますが、今では「家の前まで届けてくれる手間を思えば割安だ」と、経済価値として機能しています。

また対面販売の関係が数ヶ月続くと、主な利用者である地域のお年寄りと販売スタッフは、まるで親子のような親しい関係になり、これが高齢者の見守り機能(=社会的価値)も果たします。地域のスーパーと販売パートナーが利用者を支え、利用者者も商品の購入で彼らを支えるという地域連合的な循環価値が生まれているのです。

要件3:循環価値を具現化するビジネスモデル

社会性と経済性を両立する上でのもっとも高いハードルが、両者の間を取り持つビジネスモデルの構築です。これが見識業を実現するための3つ目の要件となります。

乳製品を製造するよつ葉乳牛は、「生産者が作った生乳を無駄にせず付加価値をつけて適正な価格で売り、そこで得た利益を酪農家に還元する」ことをポリシーとしています。

よつば乳牛のウェブサイトより

従来、酪農家の多くは大手の乳業メーカーと直接契約を結んでおり、そこではメーカー側にとって都合のよい価格での取引がなされていました。そこで創業者の太田寛一氏は酪農家の6次産業化を目標に、酪農家のための会社として、よつ葉乳牛を設立。大手との差別化を図り、当時は目新しかった搾りたての味わいで勝負したり、宅配が主流だった中で店頭販売を開始したり、瓶が当たり前の時代に返却不要な紙パックを採用したりと、豊富なアイデアで経済価値を向上させ、ヒット商品を生み出しました。

創業から10年もすると、製品価格は2倍以上になり、酪農家も生活ができるようになりました。まさに、顧客、酪農家、よつ葉の3者にとってよい、循環価値を具現化したビジネスモデルの好例と言えるでしょう。

要件4:組織における対話と価値観の共有

第3回で説明した通り、見識業においては、経営者が決めたビジョンに「この指止まれ」で社員が集まってくわけではありません。経営者と社員の立場は対等で、対話を通じてそれぞれの価値観を共有、言語化する中でビジョンを定義していきます。

ですから、要件1で見たビジョンを定義する前に、まずは価値観を共有する対話が非常に重要なのです。

事務用品を製造販売する日本理化学工業は、知的障がい者が社員の7割以上を占めています(日本理化学工業のWebサイトによると、2020年2月時点で「全従業員86人中63人が知的障がい者(内25人が重度の障がい者)」となってい)。

障がい者を雇用するきっかけは1960年に、地域の養護学校から卒業する2人の生徒に働くことを体験させてほしいと頼み込まれたことでした。すると真摯に仕事に打ち込む姿勢に社員が心を打たれ、体験最終日には、社員全員が社長を取り囲み「みんなでカバーしますから、あの子たちを正規の社員として採用してください」と訴えたと言います。今では、障がい者用の生産ラインを整備し、“お手伝い”ではなく、企業の主力となるような体制を整備。健常者のやり方を押し付けるのではなく、彼らがのびのびと能力を発揮できる環境をつくっています。

現在、同社は経営理念に「徹底的に障がい者雇用にこだわり、よりよい皆働社会の実現に貢献」と明記しています。

要件5:問いと学習

要件4をもう一歩深掘りすると、対話によって価値観を共有するためには、まず個々人が価値観を持っていることが前提となります。そして個人の価値観を磨くためには、常に良質な「問い」と、その問いに触発された「学習」が必要です。

「問い」とは、自分が今していることに対して、それが本当に正しいのかを深く振り返り、気づきを与えてくれるもの。そして「学習」とは、価値観を社会にとってよりよいものへと磨き具現化していくために必要な、「見識(モノの見方、考え方)」と「業(やり方)」の両面での技量を高めるものです。見識業を営むには、常に問いとともにあり、学習を続けることが大切なのです。

西国分寺にあるカフェ「クルミドコーヒー」では、質の良いコーヒーと居心地の良い空間を提供することで、顧客に「いいものを受け取ったな」と感じてもらい、その人が次の「贈り主になってくれること」を価値観として大切にしています。

クルミドコーヒーが、以前に店内でクラシックコンサートを開催した際のエピソードに、問いと学習が価値観を深化させる実例を見ることができます(*参考:影山知明 『ゆっくり、いそげ カフェからはじめる人を手段化しない経済』(大和書房、2015年))。

クルミドコーヒーでは、コンサートの開催にあたり、当初は投げ銭システム(参加費は決めず、1人ひとりの気持ちで支払う金額を決める仕組み)を採用していました。しかし、そのやり方では本当に参加者の「受け取った」気持ちが次の人に「贈る」ことになるのかを自らに問うたのです。お客さんが、チケット代1500円のコンサートに金額以上の価値を感じれば、「受け取った」という意識が次回の参加動機やクチコミへとつながります。しかし、毎回そのコンサートの感動に見合う金額を支払わせてしまうと、その「受け取った」という気持ちがその都度精算されてしまい、次へ「贈る気持ち」が呼び起こされないと学び、コンサートの参加費を定額に変更したそうです。

良質な問いと学習が価値観を深める、良い例と言えるでしょう。

見識業構築までの流れ

さて、ここまで見識業に求められる5つの要件を整理しましたが、これら5つの要件を備えた上で、見識業的な経営モデルを実現するためにはより良い順番(プロセス)があることも理解する必要があります。

循環価値へのプロセス

見識業へと至るためには、①まず先に社会価値を明確にし、②その次に経済価値を高めるという順番で考えることが大切です。最終的な到達地点が同じであればその順番は関係ないように思うかもしれませんが、ここで経済価値を優先してしまうと、社会価値が経済価値の手段になってしまうことは、連載を通じてこれまでの話からも理解してもらえると思います。

一方で、顧客が価値を感じ取る順番はその逆をたどります。前回紹介した通り、①入口経済価値、②熱狂経済価値、③顧客社会価値、④ステークホルダー社会価値へと、「見える価値」から「見えない価値」へ進みます。この顧客が価値を感じる順番と、企業が価値を高める順序は違うということは理解しておきましょう。

では、具体的に社会価値から経済価値の順に考えるそのプロセスを、さらに詳細に見ていきます。度々紹介しているフィットネスクラブ「カーブス」の例で図示します。

循環価値を検討するミドルボトムアッププロセス

まず起点となるのは①顧客社会価値です。次に一段深く②ステークホルダー社会価値に向かい、そこから再び③熱狂経済価値、④入口経済的価値へと上っていく流れです。

まず企業は顧客の状態を想像し、彼らが真にどのような価値を求めているのかを抽出します。カーブスの場合、「地域内に友人ができる」ことが顧客社会価値です。

次にその顧客社会価値を届けることで、派生的にステークホルダーに届けうる価値を考えます。カーブスにおいては、地域内に友人が増えることで、友人を介してさらに地域内に友人が増え、地域の中で積極的に交流を持つようになり、孤独孤立を回避できるようになります。これがカーブスにとっての、顧客だけに閉じないステークホルダー社会価値です。

さて、ここまでで社会価値を定義できたら、ここからはその入口であり導線となる経済価値をデザインしていかなければなりません。では、「地域内に友人ができる」や「地域内での孤独、孤立を回避できる」などの社会価値を、どのように経済価値に変換し、より多くの顧客に届ければ良いのでしょうか。

ここで社会価値と経済価値の間をつなぐのが、「マーケット」です。カーブスなら「フィットネスクラブ」というマーケットに参入しています。

そしてフィットネスクラブというマーケットにおいて、人と人とがつながりやすくするために、運動が苦手であっても「恥ずかしい思いをせず、運動を楽しめる」という熱狂経済価値を定義。最後に、より多くの顧客に「自分でもできる」と感じて利用してもらえるように、運動のハードルを下げ、「体操のようにラクに体を動かせる」という入口経済価値を設定しているのです。

こうした、社会価値を起点にしたミドルボトムアッププロセスを経て、見識業を構築することができるようになります。

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みなさまからのご意見、ご感想もお待ちしています。

本連載を通じて提言している「見識業」は、豊富な実践例があるわけではありません。GOB Incubation Partnersでも、新規事業開発の支援やコンサルティング、さまざまな企業や起業家との実践、歴史的な背景などを踏まえて少しずつその解像度を高めているところです。ぜひ、皆さまの率直なご意見も聞かせてください。