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(掌編小説)続・すみっこ白猫と小学四年生~君の中の、りなちゃん~

「りなちゃん!学校来れるようになって良かったね!」
アヒル小屋の中で、ほうきを持ちながらあいちゃんは言った。
りなはちりとりに押し込まれる野菜くずを見ながら「うん」と言った。
「田中先生はまだ来れないけどね」
ひまりちゃんはそうつぶやくとため息をついてみせた。りなは何か言われるのかと身構えたけれど、二人はまた違う話題で盛り上がっていた。先生が休むなんて。先生も休むなんて。

放課後。帰り道。りなはひとり。給食を食べたから、夕ご飯無くてもなんとかなるかな。まだお母さんは帰ってこない。住宅地の隙間に残っている小さな田んぼに白くて小さな鷺が立っていた。鷺は水の中に何度も顔を突っ込んで、食べ物をずっと探していた。りなはコンビニの店内を目で追いながら、お金が無いから仕方なく通り過ぎた。ふと学校で教頭先生に色々聞かれたことを思い出した。りなは何も答えなかった。だって田中先生のことも教えてくれなかったじゃん。

アパートの階段を重い足取りで登る。お母さんはまだ帰ってこない。言いつけ通りにちゃんとドアに鍵をかけた。ランドセルをおろして床の上に寝転ぶと、そのまま眠ってしまった。

「ピンポーン」
玄関のチャイムで目を覚ますと、りなはドアののぞき穴から訪問者を見た。優斗くんじゃん。優斗くんはお母さんの彼氏。りなはすぐにドアを開けた。
「お母さんは?…」
りなはそうつぶやきながらお母さんを探した。けれど、居たのは優斗くんだけでお母さんの姿は無かった。
「りなちゃん久しぶり!お母さんは仕事?」
優斗くんはまだ20代のイケメンで、会うときは大体ジャージだったけれど、今日はスーツを着ていた。グレイのスーツの下は白いTシャツ、金色のネックレスが揺れていた。
「優斗くんの家に行くって言ったまま帰ってこないよ。もうずっと」
りなは訝し気な顔で言った。優斗くんも変な顔をしながら、生活のことを色々と聞いてくれた。
「お洗濯はできるから大丈夫だけど、お金が無いからご飯は給食だけ」
「えっ!ちょっとちょっと!とりあえずご飯食べに行こ!」
りなは言われるがままに優斗くんの車に乗った。前に乗った時はお母さんが一緒だった。知らない人の車には乗らないけど、優斗くんなら良いよね?お母さん。

ファミレスで2人、ハンバーグを食べた。りなはドリンクバーを何杯もおかわりをして、何度もトイレに行った。トイレの鏡を見ながら、肩まで伸びた髪を手でとかして、前髪も直した。席に戻ると優斗くんはスマホをいじっていたけれど、すぐに顔をあげて笑ってくれた。
「ジュースいっぱい飲んだらトイレばっかり」
「あんまり飲むとお腹壊すよ」
優斗くんは細い指で財布から千円札を三枚出してりなの前に置いた。
「朝ごはん代。遠慮しなくていいよ。お母さんと連絡がついたら後でもらうから。さ、俺これから仕事だから、家まで送っていくよ」
優斗くんは優しい声でそう言った。

車での帰り道、明るいコンビニの前にふわっと猫の姿が浮かんでいた。りなは慌てて振り返った。
「シロちゃん!」
りなは小さな声で叫んだ。引き返してくれという勇気は無かったけれど、シロちゃんが生きていてくれて、本当に良かった。

それから毎晩、優斗くんと夕ご飯を食べた。ファミレスでご飯を食べてジュースを飲んだ。恐る恐るデザートを頼んでも優斗くんは怒らなかった。優しいお兄ちゃん。お母さんは帰って来ないけれど、今日も優斗くんとご飯が食べられると思うと、うれしくてスキップをしながら家に帰った。
だけどその日は嫌な予感がした。郵便受けに何かが入っているのが遠くからでもわかった。りなは郵便受けに駆け寄ると中に入っていた白い紙を手に取った。優斗くんの書き置きだった。

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