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「せむし(背虫)」 - Short Story -

「信長は延暦寺を丸焼きにして僧から赤子女人までも皆殺しにしたそうじゃ」
「寺の仏は何してた。女子どもを残して逃げたか」
「いや最初からおらんかった」
「そうじゃな」
苦笑いしながら談笑している数人の男のそばを背中を丸く曲げた男が通り過ぎていく。
一人が言った。
「なんや『せむし(以下背虫)』か、背中がよう曲がっておるの。それでは自分の足しか見えず、この夜中によう歩けるものじゃ」(注)
背虫は答えた。
「はいはい、足元しか見えませぬゆえ、かえって便利にございます」
「ハハそうか、気をつけてな」
「ありがとうございます。ありがとう・・」
声が段々と小さくなる。
背虫はよたよたとおぼつかない足で大きな屋敷まで来た。
この辺りの領主である丸山三左衛門(以下三左衛門)の屋敷だ。
背虫は裏門の番人の一瞬の隙を見てヒョィと中に入った。
闇の中を音も立てずに庭石も植え込みも器用によけ、縁側の前で片膝をついた。
縁側の奥の部屋では灯りの中に人の影がある。
背虫は縁側の板を合図のように軽くたたいた。
「コン、ココン、コン」
影が動いた。
「仁吉か」
「はい」
背虫の名は仁吉という。
障子をするりと開けて三左衛門が現れた。
名の通り先代領主の三男坊で養子にいく予定だったが、長兄は頓死し、次兄も剣道の稽古中に頓死した。
その後、先代である父も書斎で倒れ亡くなった。
三人とも確かな死因は不明のまま三左衛門が新領主になった。
三左衛門は縁側の縁にしゃがみ仁吉を近寄らせ小声で問うた。
「首尾はどうであった」
「はい、片貝様は一昨日、厠で用便中にいきなり倒れ頓死されました」
「効いたか、あの薬」
「はい、いただいたあの薬、効きました。飲んですぐには効かぬのも目くらましになりました」
「そうか、片貝め、やっとくたばったか、で家中の様子はどうじゃ」
「毒を盛られたのではという疑念もあり、家中は混乱を極めております」
「それも思い通りじゃな、ようやってくれたの仁吉よ」
と三左衛門は褒めると、ふくらんだ巾着袋を仁吉の前に放り投げた。
ガシャッと音がし、緩んだ結び目から銭がこぼれた。
それを拾う仁吉を三左衛門は冷たく見ている。
その三左衛門の目を仁吉も感じ取っていた。
銭を残らず袋に入れると三左衛門に頭を下げ言った。
「ありがとうございまする」
三左衛門は黙っている。
丸く黒い背中が庭を器用に回りながら闇に消えた。

 三左衛門はチッと舌打ちすると「オイッ出てこい」と言った。
部屋の奥から用人が現れて言った。
「片貝にはすでに探りの者を送りました。早ければ明日にでも片貝の生死がわかりましょう」
「しかし仁吉とは恐ろしい奴じゃ」
「あの背虫姿でようやれるものですな」
「わしは仁吉は嫌いじゃ。あの奇怪な背虫姿といい醜悪な顔といい臭いといい、土の下から湧いてくるような声も気に食わぬ。じゃが使えるとなれば邪険にもできぬ」
「左様ですな、忍びの一派の頭でもあり粗末にも扱えませぬ」
「うん、使えるうちは使わねばの」
「あとは片貝の生死次第ですな、人の死をこれほど望んだこともございません」
「わしも同じよ、片貝の領地が手に入ればその先も見えてくる」

 三左衛門は隣の片貝の領地が欲しくてたまらず、軍勢を二度ほど出したが小さな領主同士の戦で死人とケガ人を出しただけだった。
片貝に勝つための方策も無き戦は家中の不満を呼んだ。
焦った三左衛門は噂を聞いて仁吉を探し呼び出し、片貝の当主を毒殺するように依頼をしたのである。
仁吉も毒は持っているが今回は三左衛門のほうから毒を出してきた。
仁吉が野良犬で試すと朝昼は変わりなかったが、夕方に苦しむこともなくコロッと転がってあっさり死んだ。
何の毒なのか、聞いても三左衛門は答えなかった。
聞いた話では、あれこれ試しながら自分で毒を調合しているらしい。
生来、こういうものが好きな男なのだろう。

 あくる日、片貝に送った者が戻ってきて三左衛門に伝えた。
「片貝殿の死、間違いございません。それに毒を盛られた疑いもあってか、近親縁戚にはいまだ知らされてはおらぬようです」
「近親縁戚でさえ信じられぬ世じゃからの。さていかがされましょうや主殿、戦支度は総て整うておりますぞ」
「よしっ、攻め込むぞ」
暗い中、三左衛門の先鋒の軍勢およそ百五十人ほどが国境に向かった。
屋敷前には本隊のおよそ二百人が集まっている。
「働き次第で加増もする。向こうの女房娘たちも欲しければくれてやる。女以外は皆殺しにせよ。今こそお家に報いるときぞ、何もせねば何もつかめぬぞ」
「オー」という声が上がり、三左衛門を先頭にした二百個の欲の塊が一団となって国境への道を突き進む。
国境の谷に入ると先鋒から使いが来た。
「国境の番所にも誰もおりませぬ」
用人が言う。
「今こそ守りが要るのにの、かなり混乱しているようですな」
三左衛門は檄を飛ばした。
「皆の者、片貝の屋敷まであと一気じゃ。進め進めェー」
途中の村人は三左衛門の軍勢を呆然と見ている。

 すでに屋敷を囲んでいる先鋒から使いがきた。
「屋敷は無人にございます」
「片貝の妻女、家の者たちはどうした」
「すでに逃げておりましたが、逃げた道はわかっております。いかが致しましょう」
三左衛門は命じた。
「追って捕らえろ。女子どもの足じゃまだ遠くはなかろう」
先鋒は妻女たちを追い、代わって三左衛門の本隊が屋敷に入ることになった。
「堂々と屋敷へ入ろうぞ。皆の者、列をつくれ」
土埃が舞う中、太鼓が先頭を進み、その後ろを三左衛門の本隊が進んだ。
「この眺めを何度望んだことか。こうして見ると改めて片貝の屋敷のつくりの良さがわかるの」
「銭がかかっておりまするよ、この屋敷は」
「今からわしの屋敷じゃ、次は必ず城を手に入れてやる」
「ここを足掛かりにしてなお一層領地を増やして頂かねばなりませぬ」
「うん、わかっておる」

と三左衛門が応えたときだった。
「バババア―ン」という音が野山に響き渡り、白い煙がいくつも上がった。
「鉄砲じゃ」と声が挙がる。
三左衛門の顔の横をヒュッという音が流れ、すぐ後ろで「グエッ」という声が聞こえた。
振り返ると用人が顎の下から鮮血を吹き出し、どっと馬から落ちた。
そして千人を超える軍勢が森や藪や草むらの中から押し出してきた。
「待ち伏せじゃ」
「罠にかかったぞ」
思わぬ大軍に急襲され、三左衛門の軍勢は一瞬で崩壊した。
手当たり次第に逃げ始めたが、ここまで走り歩き続けてきたせいで足が言うことを聞かない。
鉄砲で撃たれ、弓矢で射られ、斬り殺され、突き殺され、寄ってたかってなます斬りにされる者もいる一方的な殺戮の場となった。
だが三左衛門だけは捨て置かれている。

 勝負は一気につき三左衛門だけが無傷で生き残り、囲まれながら呆然と立っている。
そこへ片貝が薬師姿をした若い男を連れて現れた。
片貝は笑いをこらえるように言った。
「オイ三左衛門よォ、一人ぼっちになったのう」
だが片貝は三左衛門より歳が五つ下だ。
数年前に一度会っているが、あのとき三左衛門がふんぞり返って自分を下に見ていたことを片貝は忘れていない。
「貴様の領内にも我らの味方がすでに入っておる。貴様の妻女たちも総て生かしてはおかぬ。我らの妻女を追って行った者たちも一人も生きては帰さぬ。逃げている者も落ち武者狩りの触れを出しておる。お前を守る者も関わる者ももう一人とておらぬ」
三左衛門はその場にへたり込んでしまった。
「自分で地獄への門を開けたのう、おかげで手間が省けたわい」
「騙したな」
片貝は吐き捨てるように答えた。
「騙すのも兵法じゃ。わしを毒殺しようとした分際で偉そうに言うな」
「あいつ、あの背虫め、わしを騙しおって」
薬師姿の男が言った。
「あれは背虫ではなく仁吉という名にござる」
「いや、奴は背虫じゃ、虫けらじゃ」
「さようでござるか」
薬師はそれ以上は何も言わなかった。

三左衛門はボソッと言った。
「わしは殺されるのか」
片貝が答えた。
「ああ、そうよ、貴様は楽には死なさぬ。ゆっくりと苦しみながら殺してやる。貴様だけ残したのはそのためよ」
「わしは死にとうない。命だけは助けてくれんか、仏門に入りたい」
片貝が薄笑いを浮べながら言った。
「何を今さら仏門か、笑わせるな。貴様は明日の夜明けに磔、斬首の上、さらし首じゃ」
「助けてはくれんか」
三左衛門の哀願には耳すら貸さずに片貝は言った。
「そうじゃ、楽しい事を教えてやる。磔もすぐには殺さぬ。骨に当たるとすぐに折れるような細い細い槍先で突いてやる。折れた槍の穂先が身体の中で動くのじゃ痛いぞォ、痛いぞォ、折れるたびに新しい槍先で突いてやる。それもまた身体の中で折れる。折れた槍先が何本も胸に入り、中から飛び出てくる穂先もある。じゃが急所は突かぬ、気も狂うような激痛の中で息絶えるまでまる一日はかかろうて。ハアハハハ」

 三左衛門は死人のような顔色で悲鳴のように叫んだ。
「人でなしめ、どうせ貴様もいつかは磔さらし首よ、地獄で待っておる。はよう来い」
「その元気もいまのうちじゃ」
「あいつも、あの大嫌いな背虫も連れてこい」
片貝が薬師姿の若者に目配りした。
すると薬師姿の若者が三左衛門に問うた。
「あいつが仁吉が嫌いでござるか」
「当たり前じゃ、最初からじゃった。あの醜い姿を思い出しただけでも虫唾が走る。あいつにアイツに騙された。わしは騙されたのじゃ、あ奴を信じたのが間違いじゃった。片貝も背虫もお前も仲間じゃ、よってたかってわしを騙しよって」
片貝が言った。
「明日の朝は仁吉も呼んで貴様の惨めで情けない最後の姿を見せてやる」
「背虫が来るのか」
「ああそうよ、お前のその惨めな姿と泣き叫ぶ姿を見せてやるわ」
片貝は薬師姿の若者に命じた。
「明日の朝、仁吉を呼んでおけ」
「承知致しました。連れてまいります」
「チクショー」という三左衛門の大声が夕暮れの空に吸い込まれていった。

 夜明けが近い。
刑場が急ごしらえでつくられた。
磔の十字架はそこらの杉の木を切って縄で組んだだけの粗末なもので、横に寝かされていた。
前には十字架を立てるための穴が掘られている。
三左衛門は泥土の上で両腕を後ろ手に縛られ、飯も水も無いまま昨日から座らされていた。
姿は褌一枚で髷紐も切られてざんばら髪。
確実に待っている死を前にして一睡もできず、垂れ流しの小便で褌も濡れている。
 空が赤くなる。
三左衛門は引きずられ、磔の十字の架に乗せられ、両手首と両足は荒縄で堅く縛られた。
髪を後ろで束ねた下人が金づちと大きな釘を持って嬉しそうにそばに来た。
三左衛門はそれを見て震え始めた。
下人が震える三左衛門に言う。
「何をするかわかったか、そうよ思うておる通りよ。縄だけでは緩んでずり落ちるでの、両の手首と足をこれで止めてやるで、安心なされよ」
「やめてくれェ」
三左衛門は泣き出した。
役目の侍が下人に命じた。
「釘を打て」
下人は三左衛門の右腕の手首に釘を立てた。
三左衛門は恐怖のせいか目が開きっぱなしで泣き叫ぶ。
「ええい、往生際の悪い奴め」
下人は金づちを思いっきり叩いた。
ガンッという鈍い音ともに三左衛門の右手首から鮮血が噴き出した。
「ギャー~」という悲鳴が刑場に響く。
下人は二度三度金づちを思いっきり振り下ろした。
ガツンッ、ガツンッという音とともに釘が三左衛門の手首に食い込み骨を割って丸太に刺さっていく。
次は左腕の手首、次は右足の足首、最後に左の足首に釘が打ち込まれた。
「ようし手足はそれでよい。立ち上げて穴に埋め固めてしまえ」
「おう」という言葉とともに下人や足軽たちが十字架を前の穴に突き刺し、穴のすき間を突き固めていった。
朝焼けの空に三左衛門の十字架が立ち上がった。
三左衛門は激痛で獣のような唸り声をあげ続けている。
釘四本で止めている身体の重さが傷口をなおも広げていく。

 そこへ片貝の一行がやってきた。
せむし姿の仁吉を連れている。
一行は十字架の前に立って丸山を見上げた。
片貝が笑いながら言った。
「はは、痛かろうの、じゃが三左衛門よ、本番はこれからじゃ、この世に生まれたことを後悔させてやる。わしの毒殺なんぞ謀りおった罰じゃ」
三左衛門は「うう、ウウッ」と唸りながら片貝を見下ろしている。
そばで背中を曲げて顔を下にしている仁吉に気づいた。
憎しみは激痛を超えるのか、仁吉に言った。
「き、貴様ァ・・ようも騙してくれたな・・しかし背虫はゆえわしの姿は見えまい。ざまあみろ、この汚れ虫め。蝸牛のような姿をしくさって、わしを見たくば背伸びしてみよ・・・できまい・・ハア ハア」
三左衛門の仁吉への精いっぱいの恨み言だった。
すると仁吉は言った。
「ならば冥土の旅の土産に背を伸ばしてご覧に入れる」
三左衛門はおどろいて仁吉を見下ろした。
「ご覧あれ」
仁吉は言うやすっと顔を上げて三左衛門を見た。
背中が真っすぐに伸びていた。
三左衛門は仁吉の素顔を見ておどろいた。
仁吉いや背虫は若くうっすらと化粧もしていた。
三左衛門はヨダレを垂らし呻きながら尋ねた。
「貴様、背虫ではなかったのか、貴様・・昨日の薬師ではないか」
「お気づきにはなりましたか、左様、昨日参りました薬師にございます」
「背虫も薬師も騙しか」
「嘘も方便にござる。お父上や兄弟の死もみなあなた様の謀(はかりごと)にございましょう。鬼畜生とはお前様のこと、痛みを楽しみながらゆるりと地獄へ落ちなされ」
「・・・ウウ、ウウう・・」

片貝は正面にある床几に、仁吉はその近くの茣蓙に座り直した。
辺りは磔見物に来た近隣の百姓町人で埋まり始めている。
中には弁当を持って遊山気分で来ている者も多い。
三左衛門はすでにぐったりして唸り声だけが聞こえてくる。
片貝が命じた。
「よし、始めよ」
「オオー」という見物人たちの歓声が刑場に響いた。
「さあ、始まるでェ~」
見物人から声が上がり、パチパチパチと拍手まで鳴り始めた。
「やれ、やれ、突け、突け、突いて突いて突きまくれ」
それを聞いてまた「ウワ~」という歓声まで上がった。
片貝がそばの者に言った。
「昨日まで三左衛門の領民であったのに、何じゃこの騒ぎは」
「三左衛門本人がよほど嫌われておったのでありましょう」
「噂には聞いておったが、これほどとはのう」

 下人が二人現われた。
それぞれ槍を持って三左衛門の前に立ち左右に別れた。
槍の穂先は明らかに細く根元はなお一層細い。
折れやすいようにしているのだろう。
そして下人は槍をカチャッと交差させ、右の一人がくるりと回ると「アイャ~」と芝居のような叫びとともに姿勢をただすと腰を下げて構え、三左衛門の首元を目がけて一気に突いた。
三左衛門は「グエェ」という何とも形容し難い唸り声を上げた。
だがすぐには死なぬように下人は急所を外している。
下人は槍をぐりぐりっと回しながら槍の柄をグイッと下げ、ゆっくりと引き抜いた。
三左衛門は獣のような悲鳴を上げ、槍の穂先が折れて無くなっている。
遠目にも三左衛門の首の下に槍先が埋まっているのが見える。
刑場は静かになり、見物人も皆も黙った。
三左衛門の胸もすでに血まみれだ。
すると今度は左の下人が「エイヤッ~」という掛け声とともに同じく三左衛門の左首元を突き刺した。
三左衛門は首をがっくりと垂れ、声すら出ない。
下人が先と同じ方法で槍を抜くとこれも穂先がない。
高みで弁当を食っていた者たちの箸が止まっている。
刑場の者総てが同じ気持ちで三左衛門を見ている。
人の命を憐れんでいるのではなく、たんに好奇心である。
その後も同じ突き刺しが二度続いた。
すでに6本の槍の穂先が丸山の胸に入っている。
三本ほど胸から飛び出ている。
三左衛門は生きてはいるが、すでに意識はない。
痛みからは解き放されたようだ。
「いかがいたしましょう」
「痛みも感じず、生きているだけじゃ、もう良かろう、終わらせよ」
側にいた用人が合図した。
下人は二人一緒に三左衛門の首にトドメの槍を突き刺した。
下人も血まみれで腕や手からも血が滴り落ちている。
十字架は穴から抜かれ、横に倒された。
三左衛門はそのまま首を斬られ、刑場の出入り口に立てられた棒に突き刺されてさらし物にされた。
見物人はワイワイガヤガヤと騒ぎ話しながら帰り始めた。
笑っている者も多く、三左衛門の首に振り返る者もいる。
手を合せる者もいるが、泣いている者はいない。
祭りは終わった。

 片貝は仁吉を手招きしてそっと言った。
「見たか仁吉よ、あれが百姓町人、土地の者たちの本音じゃ。わしら侍の生き死になんぞ旅芸人の寸劇のようなものじゃ。今回は三左衛門が磔じゃったが一歩間違えればわしがあの磔よ。そうなったときにあの野次馬たちは今と同じようにわしが苦しむ姿を見ながら楽しみ弁当を食うであろう」
仁吉は背筋を伸ばしたままじっと聞いている。
「この世は生き残った者が勝ちじゃ。お互い力を合わせて参ろうぞ、頼むぞ」
「ご同意にござります。こちらこそお願い申し上げまする。我ら一統は常に片貝様のお味方にございます」
片貝は馬に乗り刑場を去っていった。

その片貝は馬上で思っている。
(そうは言うても仁吉という背虫もどきなんぞ信用はできぬ。用心に越したことはない。逆らえば殺せばええだけじゃ)
その片貝の後ろ姿が消えるまで頭を下げていた仁吉は手下の者に聞いた。
「もうお姿は見えぬか」
「はい、お帰りになられました」
仁吉は小声で手下に言った。
「あの片貝、信用できぬ。顔では信じても腹では常に疑え、気を抜くな。よいな」
「はい、承知しております」

刑場にさらされた丸山の首が笑っていた。  👇

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(注)「背虫(せむし)」人間の背中の脊柱は後方に屈曲し、腰椎は前方に屈曲している。
この湾曲が過酷な仕事や病気あるいはビタミン不足など何らかの事情で異常を起こし、背中が丸く湾曲した姿をせむしと言う。
古くは背中に虫がついたとして「背虫(せむし)」とされていた。

病が元になってのせむし姿は今も散見はされるが、せむしがほぼ消えたのは栄養が重要視され食糧事情が好転し機械化が進んだ昭和の高度成長の辺りから。
日本国が近代化し国民が豊かになる中でせむし姿は消滅していった。
いつか再び貧困の時代が訪れれば、またせむし姿が戻ってくるかもしれない。
ブランド品も車も海外旅行も真っすぐに立てる背筋があってこそサマになる。
国が富み、国民の懐が豊かになり、せむしの時代に二度と戻らぬことを願うばかり。



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