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22_夏の湯上がり -海門寺温泉(別府)-

 夕方からの用事も無事に終わり、晴れて自由の身となった。
 時計を見るとまもなく21時。あまり時間はない。素早く準備して家を出た。

 夜にもなればさすがに涼しくなると思っていたけれど、湿り気のある空気が漂っていた。幸い、雨はまだ降りそうにない。一方通行の道をぐんぐん進んでいく。公園の灯りが見えてくると、目的地はもうすぐそこ。駅前の大通りから少し入ったところにある共同温泉だ。


 海門寺温泉。炭酸水素温泉。市営温泉の中では珍しくシャワーが完備されている。駅からもすぐ近くのため、地元の方だけでなく観光客も足を運びやすい。とはいえ、ジモ泉のため、シャンプー等の洗面具は自分たちでご準備を。
 
 浴槽は横長の長方形型で、中央でぬる湯とあつ湯に分かれている。夏の夜でもあつ湯に入れるほど体はまだ慣れていない。強がりせず、手前のぬる湯をかぶる。うん、ちょうど良い。一日の疲れがお湯に溶けて流れていく。
 
 この時間でも、そこそこの人数が入っていて、浴室内はにぎわっている。シャワーの台数はわずか4つ。場所が空くのを湯の中でゆっくり待つ。お、一ヶ所空いた。かかさず洗面具片手にシャワーの前に腰かける。もちろん、共同温泉らしく、浴槽から直接お湯を汲み取って洗うこともできる。地元のおじい様たちは何人かしていらっしゃる。
 
 小さな子連れのお父さんは、浴槽のフチの近くで子どもの頭をわしゃわしゃと洗っている。ふと、親と一緒にお風呂に入っていた時の記憶が蘇る。
 
 父が髪を洗ってくれるときは、指先をツンと立ててしっかり洗う。ちょっぴり強いときもあったっけ。母のときは、指の腹でやさしく洗ってくれた。まず自分の全身を洗ってくれて、僕が浴槽に入っている間に母が洗いはじめる。父と違ってリンスを使っているとき、なんでこれは泡立たないの。そんなことを聞いたり聞かなかったり。それでも、シャンプーやボディーソープとはひと味違うリンスの手触りに興味を持っていたのは覚えている。今では僕もリンスを使う。コンディショナー、トリートメントと言った方が時代に適しているかもしれない。浴槽だけのジモ泉だと、ちゃんとコンディショナーが洗い流せているか不安になり、いつもより多めにお湯をかぶる。今日は目の前にシャワーがある。日々の入浴と同じようにシャワーで洗い流した。
 
 改めてぬるま湯へ。そのまま数分浸かって上がっても良かったけれど、せっかくだからと言い聞かせてあつ湯にも入ってみた。たまに出る好奇心のアンテナは、見かけによらず並外れている。あれ、意外と入れちゃうかも。ひとまず入ってみるのは正解だった。それでもたったの1〜2分で耐えきれず出てしまった。寒くなってくるとあちちの湯がちょうど良く感じるのだろうか。考えをめぐりめぐらせ浴室を出た。
 
 風呂上がり、いつもならここでコーヒー牛乳を買いたくなるところだが、今日は先客が待っている。入り口横の湯かけ地蔵にお湯をかけて、家に帰った。

 
 つい先日、今年の梅シロップが出来上がった。琥珀色に輝く液体。黄金のあの飲みものとはまたひと味違う、夏のこの時期だけの飲みもの。梅シロップに使った梅は、甘露煮にした。しぼんだ梅の実は、水と砂糖で煮詰まることで再びふくれた姿になる。
 


 カンロ杓子でシロップ2杯、梅2つぶをグラスに入れる。炭酸水も毎年この時期に合わせて箱買いしている。プシュっと音を立てる炭酸水をそろそろ注ぐ。軽くかき混ぜれば、自家製梅ソーダの出来上がり。
 
 さてさてお味はいかがなものか。ひと口飲んで、不安は確信に変わる。
 今年も美味しい。梅のほのかな甘みと酸味。鼻の奥にすうっと抜ける香りも相まって気分がさっぱりする。
 
 梅仕事はじめて2年。梅酒は去年のものが残っていたから、今年は梅シロップだけ作った。それでも梅干しだけは苦手なままで、カリカリ梅もはちみつ梅も食べられない。僕の中で、梅はすっぱいものではなく、甘いものになっている。
 
 明日のおやつは梅ゼリーにしよう。甘露煮を作ったときに残ったシロップにゼラチンを加え、プリンカップたちに注ぎ入れる。最後に甘露煮を1粒ずつのっけて、冷蔵庫で一晩寝かせる。

 
 翌朝、暑さで目が覚めた。起きがけで梅ゼリーをちゅるんと口に流し込む。
 ゼラチンの量が、少し、足りなかった。


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