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ショートショート『行ってみたいな、スマバレイ』

チューニングすると、かすかに聞こえてきたのは電車の音。布団の中で、マーチは静かにガッツポーズをした。

「これ、知ってるか?」

親友のカンナが見せた白い紙には4桁の数字が書かれてあった。暗号のようで、胸の鼓動が速くなるのを感じる。

「知らない。何の数字?」

カンナは周囲を気にしながら耳元で囁いた。

「遠くの町にあるラジオ局の周波数。俺も何日か前にキャリーから教えてもらったばかりなんだけど、クラスの奴らもまだ何人かしか知らないみたいだ」

クラスのリーダーで、同じ歳とは思えない大人っぽい雰囲気のキャリーは、コスメやエンタメなどの最前線の情報に詳しい。そして、わざと情報をなかなか出さず、より注目を集めることに成功していた。例えば、鮮やかなかわいいリップも、どこで買ったとか、どこの会社の商品なのかとかはすぐには教えてもらえないらしい。幼馴染のターシャがいつも口を尖らせている。

ただ、それだけにマーチは興奮した。謎のラジオ局の存在を知っている人間は、ここにはほとんどいないという事実に。

「今日の夜に放送があるみたいなんだ。お前のうち、しつけが厳しいと思うけど、せっかくだから聞いてみろよ」

カンナが言うように、マーチの両親は生活習慣にうるさい。小学校の高学年にもなると、クラスメイトは夜遅くに始まるテレビ番組を観ているようだが、マーチは許されていなかった。でも、こればかりは何としても聞きたい。暗号が示す遠い町のラジオ局。ロマンを感じない奴なんているのだろうか。

「うん、なんとかして聞いてみるよ!」

「そうこなくっちゃな! 親に従ってるばかりじゃ身がもたないぜ」

カンナはニヤッと笑ったが、すぐに表情を固くした。

「いいか、この紙はキャリーに返さなきゃいけないから、暗記するんだ。他の紙に書き写すのもダメらしい。情報が漏れたらいけないみたいだからな」

誰かに見られているような気になって、暑くもないのに汗が背中を流れる。ドキドキしながらもワクワクが止まらない。マーチは頭に数字を叩き込み、授業中は心の中で何度も復唱した。

そのラジオ局は、遠い町の高架下にあるという。

「電車の音が聞こえてきたのなら正解」

カンナから教えてもらっていた。電波を上手に受信できないのか、ピーっと鳴ったり、無音になったりする。それでも、ところどころ聞こえてくる男性二人の会話に必死に耳を傾けた。両親には寝ていることになっている。もしもに備え、ラジオを抱えて布団をかぶっているのはそのためだ。

スマバレイ。ラジオは、その町から放送されているらしい。ラジオ局は「FMスマバレイ」という名前だそうだ。もうすぐ音楽祭の季節だと男性二人が楽しげに話している。途切れ途切れの電波が伝える、まだ見ぬ知らない町。どんな風景が広がり、どんな人たちが暮らしているのか。布団の中で、妄想でいっぱいになった。

「お便りを紹介します」

ちょうど電波の状態が良くなった。最初のお便りは恋愛相談だったが、男性二人が好き勝手に話すのが新鮮でおもしろかった。

「続いては、ここスマバレイの歴史の物語……」

スマバレイの歴史。一気に興味が湧き、身体が熱くなる。その瞬間、布団が剥がされた。

「寝ないで何やってるの!」

おかあさんが鬼の形相で立っている。

「ごめんなさい。どうしてもラジオを聞きたくて」

知られるわけにはいかない。カンナとの大切な約束だ。マーチはバレないようにチューニングをめちゃめちゃにしてからラジオを渡した。

「次来たときに起きてたら、今度はおとうさんに叱ってもらいますからね」

おかあさんはそう言うと、取り上げたラジオを持ったまま勢いよくドアを閉めて部屋から出て行った。

マーチは深い溜息をついた。と同時に、ある考えがよぎった。

FMスマバレイに相談に乗ってもらいたい。

けれど、所在地や連絡先はわからない。奇跡にかけることにした。そっと起き上がり机に向かうと、手紙を書いた。音を立てずに窓を開け、手のひらに豆を置く。しばらくして、仲の良い鳩がやってきた。

「神様、お願い。奇跡よ、起きて」

手紙を入れた小さな筒を括りつけると、鳩は夜空に飛び立った。

三日月が浮かび、星が煌めく。あの後、どんな物語が語られたのだろう。強く願い、つぶやいた。

「行ってみたいな、スマバレイ」

fin.

★本作品は、短編小説『スマバレイの錆びれた時計塔』のスピンオフです。

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