見出し画像

短編小説『宇宙へGO!』

オレは宇宙に打ち上げられた。何のために? 死ぬためだ。どうしようもない人生を宇宙で終わらせられるなんて最高じゃないか。一人用の宇宙船は細長く、棺桶のように見えるのも素晴らしい。この制度を考えたお偉いさんたちに敬意を表してやりたい。それから、快適な宙の旅を実現してくれた技術者の皆さんにも。感じるGは限りなく軽減され、意識を保つのが容易くなった。これがミソだ。華々しく一花咲かせる直前にぶっ飛んでちゃ絶景を見られないからな。昔、地球は青かったなんてほざいた宇宙飛行士がいたそうだけど、今、同じことを思う。まぁ、そんなことはガキの頃から知ってたんだけど。自分の語彙力じゃそれくらいのことしか思い浮かばないのが正直なところだ。バイバイ、地球。外から見るお前は悪くなかったけど、長い間ずっと嫌気が差していたんだ。

オレは目を閉じた。もう思い残すことはない。このまま太陽に突っ込んで燃えて終わりだ。
 
それなのに、どういうわけかオレは生きていた。目の前には真っ白い世界が広がっていて、それがどうやら天井であることに気づくまで少し時間がかかった。オレはベッドに寝かされていた。左右の手を交互に見る。親指から小指にかけて順に折ってみると動いた。身体を起こして見渡すが、ベッド以外は何もない。壁も床も白い異様な空間だった。

どこだ? ここは。やっと人生を終わらせたはずなのに。無性に腹が立った。握りこぶしでベッドを殴る。それと同時に壁の一部分が透けてぽっかり開いたから、オレは腰を抜かしそうになった。そこから、ひとりの髪の長い女が入ってきた。ただの女かと思ったが、よく見ると耳が三角定規みたいで先が鋭く尖っていて、顎のあたりに2つの小さな楕円形の皺がくっきりと刻まれていた。瞳の色は茶色で肌は青白く、ほど良く胸もある。ほとんど人間と変わらないのだが、人間ではない。まだ頭がボーッとしていて、怖いとは思わなかった。まるで夢のように現実感が無かったこともある。そいつはゆっくりと近づいてきた。

「ほんと迷惑な話ね」

驚いたことに、そいつはオレと同じ言葉を喋った。

「お前、人間じゃないな?」

「正確に言えば、地球人ではない、ということ」

何度か似た質問をされたのだろうか、ため息交じりに答えた。

「宇宙人だな?」

「あなたから見ればそうなるわね。でも、あなたも我々から見れば宇宙人よ」

そいつがオレのいるベッドのそばに立つと、床から突起物が現れた。そいつはそれに腰かけ、細長い脚を組んだ。

「あなたに聞きたいことがあるの」

短いスカートから見える太ももに一瞬ドキッとしたが、それを悟られては何となくいけないような気がして声を張った。

「その前にオレの方こそ聞きたいことがある。どうして助けた?」

「助けた? 誰を?」

そいつはきょとんとしていた。

「オレのことだよ。太陽に突っ込むはずだったんだぞ」

ふっと笑う。そして、こう言いやがった。

「ゴミを回収しただけ」

「ゴミだと? ふざけるな」

凄んでみせたが、そいつは負けじと睨み返してきた。オレは何も言い返せなくなった。女の迫力に圧倒されたのではない。4つの目に睨まれたからだ。顎のあたりにある2つの小さな楕円形は目だった。

「今度はあなたが答える番よ。いいわね?」

オレは頷くしかなかった。顎の方の目はもう閉じている。

「最近になって地球から太陽に向けて何隻もの宇宙船が発射されてるけど、あれは何なの?」

「あぁ、それは『宇宙安楽死の旅』っていうやつでな……」
 
オレがこの制度について知ったのは1年くらい前のことだ。生きていくことが嫌になったオレは死のうと思った。街を歩いても、ネット空間を覗いても、どいつもこいつも幸せそうな奴ばかりで余計に死にたい気持ちはおさまらない。オレだって、オレなりに一生懸命に生きてきたんだぜ。それなのに、どこで歯車が狂ったのか知らないが、貧乏だし、恋人はいねぇし。そういや、両親の顔も知らない。オレ、捨て子だから。そっか、オレは生まれたときから不幸だったんだな。身寄りも無かったから施設で育てられて、えげつないイジメにも遭った。別に同情してもらおうと思ってるわけじゃない。話の流れで必要だと思ったから話してるだけだ。

それで、どうせ死ぬなら大きなことをしたくなった。だって、静かにひっそりと死んでいくなんて、もったいないじゃないか。例えばって? そうだな、スクランブル交差点で銃を乱射するとか、国会議事堂で自爆するとか。冗談みたいな話だけど、本気で考えた。社会に恐怖を与えられるなんて、オレみたいな、そう、お前が言うようにゴミみたいな人間からしてみたら夢みたいな話だ。まぁでも、壮大なことにはそれなりに準備も必要だし、それが面倒にも思えてきて。そんなときだよ、この「宇宙安楽死の旅」っていう制度の存在を知ったのは。

オレが暮らす地球では人が増えすぎちゃって、数年前から世界的に安楽死が合法になった。死にたい人はどうぞご自由にっていうわけだな。もともと年寄り向けに法制化されたはずだったんだけど、そいつらは生に対する執着がすごくて、若い世代の方が安楽死を遂げていった。そりゃそうだ。若い奴らは先が長いから将来に絶望もするだろうし、それだけ想像力も豊かだ。お偉いさんたちも頭が回らないんだなぁと思ってたんけど、実は表では言えない事情もあったらしい。

というのも、オレみたいな人間がウジャウジャ湧いてきて、お偉いさんたちは頭を抱えていたんだって。オレらみたいなゴミは強いよ。だって、怖いものなんてないもん。いくら死刑や極刑を用意したって抑止にならない。だって、そんなの怖れるのはまともな人間だけ。頭のネジがぶっ飛んでるし、そもそも死ぬつもりなんだから。オレから見ても、こいつイカれてるだろって思うような奴らがいろんな事件を起こしてた。そのたびにコメンテーターや専門家は眉間に皺を寄せて動機についてあれこれ話をしてたけど、そんなのないって。ただ、死ぬ前に華々しいことがしたかっただけ。いわば、何でもいいんだよ。いっぱい勉強してきたはずなのに、こいつら馬鹿じゃねぇのって見下してたよ、オレは。

でも、お偉いさんはやっぱりお偉いさんだ。すべて見通してた。そう、オレを含めてゴミが死ぬ前に求めるのは刺激だよ。もうたまらない、興奮してビンビンしちゃうような刺激。それを全身で味わいんだよ、死ぬ前に。「宇宙安楽死の旅」ってのは、宇宙から綺麗な地球を堪能した後、太陽に突っ込んでドカンだ。こんな盛大な前夜祭があるか? 人間が地上でどんな事件を起こしても、このスケールには到底追いつかない。唸ったね。オレらはパッと散れるし、善良な人間たちは恐怖に慄かなくて済む。まさにウィンウィンだ。どうだ、お前の星、なんていう名前の星かわかんねぇけど、真似してもいいぞ。

一気にしゃべり終えると、オレの言葉が続かないことを確認してから目の前の女は無言で立ち上がった。そいつが座っていた突起物は床に沈み、姿を消した。女は壁に向かって歩き出した。

「ちょっと待てよ」

「何?」

女はこっちを振り向きもしない。

「オレをどうするつもりだ。死ねなかった責任を取ってくれるんだろうな」

「考えておくわ。しばらく待機で」

意外な返答だった。どう責任を取ってくれるのだろう。宇宙人に殺されて人生を終えるのも悪くない。オレはベッドに寝転がり、眠ることにした。

目を覚ますと、間近に女の顔があってオレは思わず声を上げた。

「あら、怖いものなんて無いんじゃないの?」

女は笑みを浮かべている。

「あなたに会わせたい人がいるの。付いてきて」

「誰だ?」

「あとで紹介するわ。何? もしかして怖いの?」

男だったらぶん殴ってやるのに。渋々ベッドから降り、女と一緒にそこを出た。細長い廊下のような道を歩く。ここも真っ白でとても静かだ。

「なぁ、ここはどこなんだ」

オレの声が響く。

「ここは私たちの宇宙船よ。どう? 気に入った?」

「居心地は最低だよ」

「あなたにそう言ってもらえたら光栄だわ」

本当に気に入らない女だ。オレで遊んでやがる。

少しして女が立ち止まった。白い壁に右手をあてると、鈍い音がして穴が開いた。この宇宙船の扉の仕組みはさっきも見たから驚かない。

「どうぞ」

女に促され、先に足を踏み入れると、男が立っていた。背は2メートル近くあるだろうか、とにかくデカい。女と同じように耳は三角定規みたいで先が鋭く尖っている。顎のあたりに2つの小さな楕円形の皺があるのも同じだ。今は閉じているが、この男の小さな目が開くことを考えると、さすがに背筋が凍った。

「初めまして。船長のビサントンと申します」

ケンカ腰の女とは違い、この男は紳士的だった。調子が狂う。

「どうぞ、お掛けください」

床から突起物が2つ現れ、オレはビサントンと向かい合わせに座った。威圧感が凄まじい。

「このたびは、突然のことで申し訳ございません。ムランパネから話はお聞きしました」

「ムランパネ?」

「あぁ、失礼しました。ムランパネとはこの女性の名前でして、私の部下です」

「改めまして、ムランパネです」

女、ムランパネは大げさにお辞儀をしてみせた。

「さぞかし驚かれたことでしょう。死んだはずが、このような場所に連れてこられたのですから」

「なぁ、もうまどろっこしい話は無しにしよう。お前たちの目的は何だ?」

ビサントンは鼻息をふーっと吐いた。生温かい風が顔をよぎって気味が悪い。

「いいでしょう。まず、あなたをお連れしたのは、たまたまです。それが幸運だったのか不運だったのか、それはあなたが判断すべきことにしておきましょう。ここからは事実だけをお話します。地球から小型宇宙船が幾度となく太陽に向けて発射されていることに関して、我々は非常に強い懸念を抱いていました。それで、宇宙船を一隻捕獲し、事情を聞いてみようということになったのです」

「それがたまたまオレだったというのか」

「はい、たまたまだと申し上げたのはそういうことです」

「でもな、強い懸念って何だよ。別に誰にも迷惑かけてねぇじゃねぇか」

ビサントンはさっきよりも荒く鼻息を吐いた。

「太陽が傷ついているのですよ。それに衝突時の余波が宇宙空間の波長に微妙な変化をもたらしている。これは宇宙空間に住む我々にとっても看過できません。ここでひとつ、あなたに訂正しておきたいことがあります。私は船長と名乗りましたが、実はこの星の長、地球で言うところの大統領や首相を務めています。我々は、宇宙空間を漂いながら生活しています」

「お前たちに迷惑をかけているっていうのか?」

「そうよ」

黙って聞いていたムランパネが強い口調で入ってきたが、ビサントンが制止した。

「失礼しました。まだ若いため、無礼をお許しください。先ほどのご質問ですが、答えはイエスです。我々の星は、ある大きな惑星に属しておりまして、このあたりの宇宙空間を監視する役割も担っております。この役割を全うすることで、我々は存在することを認められていると言っても過言ではありません。今からあなたに衝撃的な話をします。心の準備はよろしいですか?」

オレは黙って頷いた。というか頷くしかなかった。ムランパネの方をちらっと見てみたが、オレと目を合わせようとはしなかった。

「我々の主とも言える惑星が下した決断は、地球への攻撃です」

映画でも見ているのか、オレは言葉を失った。

「もちろん、今回の『宇宙安楽死の旅』でしたか、それだけが攻撃理由ではありません。あなたは、地球の周りに夥しい数のゴミが浮遊しているのをご存知ですか? 地球という星は、それは豊かな自然があるのをリサーチで承知しております。文明の発達により汚染が進む中、それを何とかして食い止めようとしている人々がいるのは良いことです。だがしかし、所詮それも目の見える範囲でしかない。見えない部分に目を向けようとはしません」

ビサントンの顎にある目が一瞬だけカッと開いた。すぐに閉じたが、脳裏に焼き付いて離れない。

「ひとつ、いいか?」

オレは額の汗を手で拭いながら聞いた。

「この話をオレに聞かせた狙いは何だ?」

「良い質問です。あなたはムランパネに対し、刺激を欲しているとのことをおっしゃったようですね。我々は、この言葉にピンと来ました。そして、素敵なオファーをご用意したのです」

ビサントンは初めて笑った。

「我々と共に地球を攻撃しませんか?」

オレは汗が止まらない。身体がずっと熱い。

「どういうことだ?」

「我々の主の考えはこうです。宇宙人が地球を攻撃すると、地球の人々は原因を外に求めます。我々を悪と認識するだけで、何の進歩も期待できません。ところが、その攻撃に地球人も参加していたのなら、どうでしょう。それも、自分たちが、いわば不要物として打ち上げた、あなたのような人たちが参加していたら……。どうでしょう? ご協力いただけますか? もちろん、少しお考えいただいてけっこうですが」

「もし、断ったらどうするんだ?」

このとき、胸に冷たいものを感じた。視線を下げると、銃口を突きつけられている。ムランパネの動きは追えないほど素早かった。

「こら、客人に対して失礼です。銃を下ろしなさい。我々としても、計画をお話ししてしまった以上、このまま地球にお返しするのは難しいのが正直なところです。それも踏まえて、お考えいただければ」

「わかった」

オレはその場で快諾した。

「おもしろいじゃねぇか。太陽で散ること以上の刺激に出会えるなんて、ビサントン、オレは幸運だよ。地球の奴らを恐怖のどん底に陥れてやる」

ビサントンは立ち上がり、握手を求めてきた。それに応えた俺の手のひらは、包み込まれて見えなくなった。

「あなたの勇気あるご決断に心から感謝いたします。ムランパネ、今すぐ計画準備に入るんだ」

「準備って何するんだ? さっさとやっちまおうぜ」

「まぁそう焦らず。先ほど申し上げたとおり、今回の攻撃の肝は地球人が参加することです。これから太陽に向かって打ち上げられる宇宙船を片っ端から捕獲し、こちらの仲間にしていきます。あなたにはリーダーとして彼らの取りまとめをお願いしたい」

ゾクゾクが押し寄せてくる。こんなの人生で感じたことは一度もない。オレは震えた。

それから数か月後。オレは二人乗りの宇宙船で地球に向かった。後ろには何隻も船が続いている。

「どう? 久しぶりに近くで見る地球は?」

「綺麗だな。ムランパネ、お前には負けるけど」

「帰ったら、お祝いね」

「だな。任務が終わったら二人でしばらくゆっくりしよう」

「いいわね」

「じゃ、始めるぞ」

オレは今、やっと幸せだ。

レバーを引いて攻撃態勢に入る。

今度こそ、バイバイ地球。

お偉いさん、最後に勝ったのはオレたちだったな。

fin.

★Kindleにて小説「おばけのリベンジ」発売中!



よろしければ、サポートお願いいたします!頂戴しましたサポートは、PR支援や創作活動の費用として大切に使わせていただきます。