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読書とワークライフバランス

 今日は、読書で得た知識を仕事に活かし、その後どのような結果に結びついたのかをまとめていきます。本日、お伝えする内容はとりわけ「ワークライフバランス」や「働き方改革」といったテーマにつながるものだと思います。


私のこれまでの働き方

 本題に入る前に、私のこれまでの働き方を振り返っておこうと思います。現在の職に就く前は、日本で働いていました。そこでは、午前7時出勤、午後10時退勤のような生活を送っていました。詳しい職業や職種については、個人的な都合により割愛させていただきます。さらに基本的に、日曜日が週休日で、1週間に6日間働くという生活を送っていました。
 もちろん、その分いただいていたお給料もかなり多い方だったと思います。ボーナスも年2回。同年代の同性がもらう平均値よりも高かったと思います。
 このようにがむしゃらに働くこと自体にも、仕事内容自体にもやりがいを感じていました。ちょっと、しんどい時があるなあと思うことはありましたが、仕事に行きたくないだとか、嫌だとかと思ったこともありませんでした。
 しかしながら、そんな生活を続けていくと徐々にではありますが、何かが変わっていきました。
 基本的に、日曜日は心身のバランスをとり、休息する日となるため予定を入れることは、ほとんどありませんでした。入れることができないと思っていた節もありました。たとえ予定を入れたとしても、半日程度。好きな人や友達との約束もままならないことも増えていきました。
 そうこうしていると、自分では気が付かないうちに、心身のバランスが崩れていったのかもしれません。「寝る」→「働く」→「食べる」の基本的なループを回ることはできるけれど、本当にそれが人間らしいと言えるのだろうか。自分の中で問い続ければ続けるほど、迷宮入りするような気分でした。
 そして、その心身のバランスが崩れる様は、まるで砂時計の砂のように、ほとんど音も立てないようなものだったと、振り返ると感じます。


もしあのままだったら・・・

「もう、いやだ。」


 これは、そんな日々を過ごしていたある年の年末休暇に入った時のことでした。2日目の朝に布団の中で、つぶやいた一言です。休む時間もなく、馬車馬のように働いた日々。自分というものをなくしていきそうになることへの、ストップをかける最初のSOSだったと思います。その日は、布団から出られず、そのまま過ごしました。

久しぶりに「休む」ということを体感して

 1日布団の中で、休み続けたことで、人間が如何に「休む」ということを意識して「休む」ことが大切なのか、実感を伴って理解することができました。神様がいるのならば、その神様に強制終了ボタンを押された気分でした。実際にこれまでも「寝る」という行為を通して、休んではいたのでしょうけれど、積極的に「今日は休む!」という思いを持って休んだのは、この日が最初だったように思います。

 ともすると、このまま鬱などの精神疾患の入り口にたどり着いてしまうこともあったかもしれません。幸い、私は年末休暇を続けて取ることでその事態を避けることができたのではないかと思います。強制終了ボタンが強制スリープボタンで良かったと思います。

 それから、その休みの中で、私はこんなことを考えました。

 そもそもの自分の心身のバランスは、どのようなものであるべきなのか。

 私は、テンポよく働くことを望んでいるのだろうか。それともゆっくりと自分のペースで働くことが性に合っているのだろうか。些細な自分への問いかけにしかすぎませんでしたが、問い直したり改善したりする時間を取ることで、事態が改善していったように思います。


労働環境を変えるために

 その後、私は自身の労働環境を変えるために日本で働くことを辞め、海外に出ることにしました。日本が悪いと言いたいわけでは、決してありません。むしろ日本は素晴らしい国です。海外に出たからこそ身をもって感じることができました。
 ただ、日本にこのままいても自分は変わらない。自分の胸に手をあてて、相談したところで、自身が本心すらわかっていなかったのなら、結果は変わらないのではないかと思い始めました。
 よって、物理的に環境を変えようと一歩を踏み出したということです。そして、ここでまず自分の中での課題だったのは、この時すでに私は30歳を超えていたということです。
 年齢なんて関係ないという価値観もあると思いますが、私にとっては、本当に本当に「挑戦」でした。しかし、この挑戦が今の私を作っていると、胸を張って言うことができます。
 そんな私は20代を、輝かしく過ごすことはできなかったと思います。新卒で就職した際は、就職ができたものの正規採用ではなかったため、最初にいただいた初任給は12万円でした。そこから奨学金の返済もしていました。お金がなくてひもじい思いをしたこともあります。飽食のこの時代にも関わらず。そのような中で、社会の荒波に飲まれ、揉まれ、叩かれ、歯を食いしばってがむしゃらに働いてきました。一人泣いたことも一度や二度ではありません。きっと似た想いを胸に抱えて、大人になった人もたくさんいると思います。
 だからこそ、これまでの自分の経験から今の若い人達に、私のような働き方を勧めたり、強制したりすることは甚だ非常識であると思っています。もっと明るく生きてほしい、自分の人生と社会参加や社会貢献が、幸せに手に入る生き方をしてほしいと強く思います。


握りしめた手には・・・

 でも私は思うのです。付け焼刃的であるし、希望的観測にしかすぎませんが、社会の底からがむしゃらに、這いつくばって生きてきたこと、まるで必死に両手を伸ばして、空を仰ぐかのように何か自分の新たな道を掴もうとしてきたことは無駄ではなかったと。
 私は、それによって手に入れた知識やこれまでの社会人としての積み重ねを手放すことなく、力強く両手で握りしめていると思います。その証拠に私は、今、夢を実現していると思うのです。


自分でつかむ「ワーク・ライフ・バランス」

 「ワーク・ライフ・バランス」や働き方改革は、自分の手でつかむべきだと強く思います。自分はどうしたいのか、自分はどのような働き方像を描いているのか、もっと広義にとらえるのなら

自分はどのように生きていきたいのか。

 この視点を大切にしようとした時、おのずとやるべきことが見えてくると思うのです。

 それから海外に居を構えて学んだことはたくさんあります。とりわけ無駄を省いて本質に迫ること、そしてAIを含めできることを増やす術や、時間管理についてはまだまだ学びを深める必要があると痛感しています。

 この記事を書いている今も、定時退勤を果たして自分のしたいことを実現しています。自分の手で、自分の生き方をクリエイトしていく力を伸ばしていくこともまた、これからの時代や社会で、より一層必要となってくるのではないでしょうか。私もその一端を担えるといいなと思うことがあります。


読書から学んだ自分改革

 私はnoteの軸に「読書」を掲げていますので、最後に記事テーマに沿った選書をしてまとめたいと思います。

家出猫 2024/01/03
 電子書籍版。日本でもワーク・ライフ・バランスの重要性が叫ばれてから久しいが、やはり、自分の生活や家族との生活そして、健康があっての仕事だと感じた。つぶやきで「覚えられないってことは関心がないから。」といった言葉について言及したが、自分の仕事でも、本当にその通りだと感じる場面に多々遭遇する。これを書いているのも移動中なのだが、如何に効率化を目指し、こういった余暇のライティング活動ができるかというのも、今年の私の目標でもある。海外在住2年目。もっとフレキシブルに過ごしていこう。

『【Amazon.co.jp限定】デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか(特典:付録エピソード - 読書メーター (bookmeter.com)

自分があっての仕事だから

 自分ありきの仕事、社会人生活をこれからも送っていきたいです。そして働くことは自己表現であると思っています。自分の価値を高めるだけでなく、広げられる人になりたいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。久しぶりに3000文字以上書いたようです。

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