エッセイ/美しさと、摂食障害1


私は、摂食障害である。
誰にも打ち明けたことは無いし、一度病院でそう言われたきり通院もしてない。

でも、いつも1人孤独にこの病気と闘ってきたし、普通になりたいと常々思っている。
特に今の若い世代はスマホでの加工が当たり前になり、インスタグラマーという職業があり、人に見られる、細くないといけない、細い=美しいという価値観がないだろうか。
K–POPが流行り、SNSを開けば本当かどうか疑わしいようなスリムな女性が化粧品や洋服を紹介し、電車には高校生に向けた美容整形の広告まである。

美しさを求めるのは素晴らしいことだし、自分もそうあり続けたいと思うが、果たして本当にそれでいいのだろうか?容姿が全てなのだろうか。容姿が全てである世の中のままでいいのだろうか?

決してそうではないという気持ちと、1人で戦い続けている私の心の叫び、それが伝わればいいなと思いまとめてみることにした。

身体を犠牲にしてまで得る美しさは、必要ないとまず初めに強く訴えたい。
前述したような人前に出てかわいい、細い、綺麗だと人気を博した職業の女性たちも、グループを退いたり一定のピークを過ぎるとみな口を揃えてあの時は辛かった。こんなダイエット真似をして欲しくないと告発するかのように言うのだから。


摂食障害だと聞いて、どんな状態を思い浮かべるだろうか。

ガリガリで、骸骨のような姿の拒食症か、明らかな肥満体型の過食症?

私も自分がそうなるまではそのイメージだった。
しかし、そうではなかった。

私の場合見た目では(今でこそ)普通体型だし、友人に打ち明けてもイマイチピンとこないのでは無いかと思う。

ただ実際のところでは私はそう見られないように努めているものの食べ物へのこだわりが異常だし、いつまでも自分の容姿を受け入れられずにいる。

誰かとの食事以外ではこれは食べてはいけない、食事の予定があるのならその前は絶食。予定にない急な食事の誘いはNG。人に食べているところは極力見られたくないし、人が食べているのを見るのも避けたい。

食べた翌日には何も予定が無いことが大前提。
何故なら下剤に依存しているから。食べたものを吸収したくないと過剰摂取するため、汚い話で申し訳ないがトイレに篭りっぱなしでとてもじゃないが外になんて出られない。そのスケジュール込みで人に会わないと気が気じゃないのだ。

「普通に食事ができない」これだけで十分に摂食障害なのだと病院で言われるまで気づけなかった。

なぜこうなったのだろう。

物心ついた時には、人よりも体格が良かった。
自己弁護でも何でもなくまず何より骨格が逞しい。
私が骨と皮だけになっても決して華奢とは言い難いだろう。
もし私に運動神経というギフトがあればかなりスポーツで活躍できたと思うし、事実スポーツに励む同性からは羨ましがられることが多かった。

が、特に自分が太っているという自覚はなかったのだ。
がっしりしているしという事実をその頃は本当に自己弁護として使い、気にしていなかった。

小学生のある時、些細ないざこざから私はクラスの一軍女子から反感を買い、その空気感が伝わりクラス中の女子から仲間はずれにされるということがあった。

当時はストレスなんて言葉は知らなかったけれど、厳しい両親と学校での居場所のなさのそれから夜は眠れなくなり、スマホなんてない時代に起きている間何をしたらいいか分からず夜な夜な両親の目を盗んでお菓子を食べ自分の中の何かを埋め、長い夜を凌いだ。寝れば次の日がやってきて、また学校に行く時間がやってくるのだと思うと心がじくじくと痛み、夜は誰にも悪口を言われず1人で静かに過ごせる大好きな時間であることと同時に大嫌いな時間でもあった。

いじめられていることを親には打ち明けられず、友達がたくさんいるように装い、放課後は1人図書室や学童の隅で時間を潰して帰った。

もう楽しみは夕飯に好物が出てきた瞬間だけだった。
信じられないような量を食べ、夜ベッドに入った後は長い夜をお菓子と共に過ごし、そんな生活をしているうちにみるみる体重が増えていき、不規則な生活と思春期が重なり顔はニキビだらけになり決して美しいとは言い難い姿になっていった。
それでもイマイチ体型への感覚は鈍く、わかりやすく目立つニキビを見て嫌だな他の子には無いのに、くらいにしか捉えていなかった。

当然、そんな姿になった私をいじめっ子たちが見逃すはずはなく次第に容姿への悪口が私への攻撃のメインになっていった。
何となく、体育の時間に全員体操服という同じ服装になった時に周囲を見渡し、明らかに自分だけがはち切れそうになっていることに気付いた。

その時初めて自分が「太っていて美しくない」ことを自覚したのだった。

それでもこういったことは悪循環なもので何とかしなければと焦れば焦るほどストレスが溜まり、食事やお菓子の量が増え体重の増加は止まらなかった。
今思うと、当時のこれは過食症の一種だったと思う。
一食で白米は大盛りで5杯は食べ、おかずはお代わり、加えて深夜のお菓子でそれでいて満足できなかったのだから。

そのまま月日は流れ小学校を卒業し、学区外の中学に進学することになった私は晴れていじめっ子たちから離れた生活をすることになり、運動部に入部し練習に励んだことで少しずつ引き締まっていった。
運動部と元来の骨格からスリムとは言い難いものの、太っている程ではなかった。
だが、心のどこかで人に見られるのは恥ずかしい体型だとずっとコンプレックスを抱き続けた。

だんだんとハードな部活に追われることで体型なんか気にしていられないという生活になってきた頃、次はクラスの男子生徒から部活で鍛え上げられた体型について揶揄われる時がやってきた。

「ふくらはぎの筋肉やばいな」

その言葉が耳に入った時、全身がカッと熱くなり小学生時代を思い出し震えるほどショックを受けた。その後の授業なんて何一つ耳に入ってこなかった。

PTAで問題になるような指導内容の部活であったことから(いつかこの14歳の自分が出会った大問題教師も書きたい。今の自分に強く影響しているから)次第に私はまた精神を病んでいき、毎日朝まで起きたまま意味もなく泣き、寝不足なままハードな練習をこなし、朝まで起きていない日は夕飯を食べるとそのまま寝てしまうようになった。
何も知らない母からは部活でそんなに汗だくになっているのに布団に転がってお風呂にも入らないなんてだらしないと渋い顔をされ、反抗期も重なり疲れているのだから仕方ないでしょと反論しながらもどうしてこんなに自分はダメな人間なんだろうと内心落ち込んだ。当然私だってお風呂に入ってから寝たいし、朝起きて汗だくの自分がそのまま寝た敷布団を見るたびに自己嫌悪に陥った。

更には痩せたいと心の中で叫びながら部活での鬱憤を晴らすように手首を切り始め、自分への自信を無くしていった。


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