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流浪の月、を読んで。

題名から察するに、「流浪の月」を読了し、感想をつらつらと書くのだろうと思いますよね。

…いや実は、まだ読み終えておらず。
355ページ中、256ページ目です。もう少し!

著者は、凪良ゆうさん。
「流浪の月」はかつて本屋大賞を受賞し、映画化もされました。そのため内容を知っている方、題名を聞いたことのある方は多いはず。

この物語が終わって欲しいような、終わって欲しくないような。気になるけれど、でもまだページを
めくる手を進めたくない。

そこで、今の感情をnoteに残しておこう、
と思い立ちました。


…うん、あるよね。
家族でもなく恋人でもなく、心の拠り所や居場所になってくれる人の存在って。

自分が信じて疑わないもの。一人一人が心の中に
持っている瓶。大事に大事に、人から奪われないように、隠して、覆って、時には溢れそうになる、
大切な想いの詰まった瓶。


その人との関係に、名前を付けられること。
大切にしている価値観が、世間から認められる
こと。
それが、どれだけ幸せなことなんだろうか。

一方で、名前を付けることも出来ず、世間から
認められもせず、挙句周りから批判されるもので
あったとしたら。

私だったら、消えちゃいたくなるだろうな。

晒されたくない一面、思い出したくない過去。
きっとある。

もう何年も瓶に蓋をしてきたせいで、固くなって
開かないだけ。

何かの拍子で落として、割れるかもしれない。

誰だってそういうものは、ある。

瓶を見せたい人もいれば、見せたくない人もいる。頭の上に掲げて自慢したい人もいれば、誰にも
教えることなく墓場まで持っていく人もいる。

どんな人がいたっていい。
見せたい人は見せればいい。
見せたくない人は見せなきゃいい。

誰かと交換してもいいし、捨てたっていい。

自由なはずなのに。

それ開けてみろよ、って人のソレに手をかけて、
こじ開けようとする人もいるね。


とある芸人さんが言ってました。

「多様性って、"気にしないこと"だから」って。

人の瓶を気にしている時点で、もう多様性とは
遠ざかっているのかもしれないね。

自分は自分の瓶にしっかり向き合うこと。

他人の瓶の中身が多くたって少なくたって、
何が入っていたとしても。
自分の瓶の中身は変わらないじゃないか。

自分は自分の人生を全うし、
自分が大切にしている存在を信じ続けるしかない
のだな。と思いました。

あ、ちなみに瓶のことは本の内容と
一切関係ありません!

…よし、今日が終わる前に読了目指します!!👊

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